第1話 『声』

「チリリリリ……チリリリリ……」


アラームの甲高い電子音が、静かな部屋に響き渡る。

窓からは柔らかな朝日が差し込んでいた。


しかし、ベッドで丸くなっている少年は、まるでその音がこの世のものではないように微動だにしない。


母「アーシェン!! もう七時半よ!」


勢いよくドアが開き、母の怒った声が飛び込んできた。

次の瞬間、掛け布団が容赦なく引き剥がされる。


ア「うわぁぁ! 寒いって! やめ──って、七時半!?

 もっと早く起こしてよ!」


母「あんたねぇ……お父さんみたいなレゾナントになりたいんでしょ?

 まずは生活習慣を整えなさいよ」


ア「勉強はちゃんとしてるってば!」


寝癖のついた髪をわしゃわしゃとかきながら、アーシェンは慌てて制服に袖を通す。

机の上には付箋だらけの“エーテル史”の教科書。

一方で、数学の宿題プリントは昨夜のまま白紙で放置されていた。


母は苦笑しつつ、アーシェンの寝癖を整えながら言う。


母「アーシェン……エーテル史以外もしっかりやらなきゃダメよ。

 じゃないと、お父さんみたいに──」


ア「わかってるよ……」


その言葉を遮るようにアーシェンが答える。

気まずそうに笑いながらも、その表情には憧れがにじんでいた。


父はアンリアルコアの適合者であり、歴史学者でもある。

毎日研究漬けだが、世界の理に迫るその姿は、アーシェンにとって眩しい理想そのものだ。


ア「父さん、今日も朝から研究?」


母「ええ。昨日も遅くまで戻らなかったから……また古代記録の調査でもしてるのかもね」


ア「そっか」


食パンを咥えたまま靴を履き、アーシェンは玄関を飛び出した。


 



通学路には透明な柱が等間隔に並び、

街の中心にそびえる巨大な“エーテル柱”が朝日を受けて淡い光を放っている。


ア「今日もきれいだな……」


アーシェンは見惚れながら歩く。

この世界ではエーテルは空気のように当たり前に存在している。

しかし、それと共鳴し、力として扱えるのはレゾナントだけ。


だからこそアーシェンは憧れた。

父のように、世界の真理に触れられる存在に。


そのとき──


?「アー……シェン……」


風ひとつない朝。

周囲には誰もいないはずだった。


なのに、耳元で誰かが囁いた。


ア「……え?」


立ち止まった瞬間、視界に白いノイズが走る。

世界全体が一瞬だけ揺れたように感じた。


?「見つけた……アー、シェン……」


ア「誰だ!? どこにいる!」


胸の奥がざわつく。

冷たく、重い何かが心に落ちてくる。


確かに声は聞こえたのに、姿も気配も存在しない。

ただ──「呼ばれている」感覚だけが、鮮明に残った。


ア「気のせい……じゃないよな?」


アーシェンは肩越しに何度も振り返りながら、小走りで学校へ向かった。


このときはまだ知らなかった。

この“声”が今後の自分の人生を導くこと。

そして──

この“声”がアーシェンの運命を大きく変えることになるのだと。

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