【第6節】『森の少女(1)』

翌朝、二人は夜明けとともに宿を発った。


村の外れから森へと続く細い道を、ユーリアは黙って歩いていた。

背には必要最低限の荷物を詰めた鞄、腰には携帯用の魔法杖まほうじょう

リーゼロッテも同様の軽装けいそうで、先を歩いている。


森の入り口に立つと、その異様な雰囲気ふんいきに圧倒された。

木々は巨大だった。幹の太さは大人が数人で手を繋いでも囲めないほどで、枝は複雑に絡み合いながら空を覆っている。朝だというのに、森の中はすでに薄暗い。陽光はほとんど届かず、こけむした地面には淡い緑色の光が漂っていた。


「……すごい」


思わず、つぶいた。

王都の近くにも森はあるが、こんな森は見たことがない。

原始の力がそのまま残っているような、人の手が一切入っていない深い森。


「綺麗でしょ」


リーゼロッテが振り返った。


「この森、生きてるみたいでしょ。実際、精霊せいれいの気配がするわ」

「精霊……?」

「うん。古い森には、精霊が宿ることがあるの。木の精霊、水の精霊、風の精霊——この森には、そういう存在がまだ息づいてる」


――『精霊せいれい』。

魔法省の資料で読んだことはある。

自然の力が凝縮ぎょうしゅくして生まれる、意思を持った存在。

人間とは異なる理で動き、時に人を助け、時に人を惑わす。

けれど、実際に出会ったことはなかった。


「怖い?」


リーゼロッテが、悪戯いたずらっぽく笑った。


「いえ、怖くはありません。ただ——」

「ただ?」

「……こんな場所で、一人で生きてきた少女がいるのかと思うと」


言葉を切った。

十一歳から、たった一人で。この深い森の中で。

想像するだけで、胸が痛くなった。


「だからこそ、助けが必要なの」


リーゼロッテの声が、静かに響いた。


「行きましょう。まだ先は長いわ」


二人は森の奥へと足をみ入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る