Ⅰ『ロナンの涙~Teardrops Ronan~』
【第1節】『出会い(1)』
王都アルカディアの東門を出て、
ユーリア・ヴァイオレットは、指定された
待ち合わせ場所は、広場の
ユーリアは
まだ相手の姿は見えない。
——当然だ。約束の時刻まで、まだ三十分もある。
自分が早く着きすぎただけのこと。待つのは苦ではない。
むしろ、遅刻するよりはずっといい。
リーゼロッテ・アステリア。銀髪、紫眼。身長165センチ。年齢25歳。元
経歴書の写真を見つめる。
何度見ても、その
整った顔立ち、どこか挑戦的な眼差し。
美しい人だ、と思う。同時に、近寄りがたい
——組織を捨てた裏切り者。規則を守れない問題児。
セレナから聞いた
ユーリアは書類を閉じ、小さく息を吐いた。
先入観を持つな、とは思う。
グレイス局長も「最初から敵だと決めつけるな」と言っていた。
けれど——規則を軽視する人間を、どうやって信頼すればいいのだろう。
ユーリアには、わからなかった。
「——あら」
不意に、声が降ってきた。
鈴を転がすような、涼やかな声。
「お目付け役かしら? ふふ、
ユーリアは
いつの間に——
銀色の髪が、風に揺れている。
写真で見た通りの、いや、写真以上の
彼女は
リーゼロッテ・アステリア。
間違いない。この人が、自分の「監視対象」だ。
ユーリアは
「し、失礼しました。
敬礼。完璧な角度。規則通りの
リーゼロッテは本を閉じ、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
近づいてくると、その美しさがより際立つ。
整った目鼻立ち、長い
身長はユーリアより少し高く、すらりとした
そして——その紫色の瞳が、ユーリアを上から下まで
ユーリアは
「……
ようやく、声が出た。
「失礼ですが、私は正式な
「うん、知ってる」
リーゼロッテは、あっさりと
「ユーリア・ヴァイオレットちゃんでしょ?
言葉を切り、リーゼロッテは
「【
心臓が、
「なぜ、それを……っ」
「グレイスから聞いたの。あの人、昔から
グレイス局長が。自分のあだ名まで、この人に伝えていたのか。
ユーリアは
「……その呼び名は、好きではありません」
「そう?」
リーゼロッテは首を
「私は好きよ、響きが可愛くて」
「可愛い……?」
「うん。忠実で、真っ直ぐで、一生懸命で。番犬って、そういう生き物でしょ? ご主人様のために頑張る、
その口調からは、判断がつかなかった。
「ね、
リーゼロッテが、にっこりと笑う。
その笑顔は、確かに美しかった。けれど同時に、どこか
本心が見えない。何を考えているのか、全くわからない。
ユーリアは
「……
「嫌よ」
即答だった。
「だって可愛いんだもの、
「しっくりくるかどうかの問題ではなく——」
「ほら、そうやってムキになるところも
リーゼロッテはくすくすと笑った。
からかわれている。明らかに、からかわれている。
ユーリアは
「あのですね、リーゼロッテ様」
「リーゼでいいよ」
「……リーゼロッテ様。私は遊びに来たわけではありません。これは正式な任務です。魔法省の命を受けて、あなたに同行し——」
「監視するんでしょ?」
言葉を
リーゼロッテの紫色の瞳が、真っ直ぐにユーリアを見つめている。
さっきまでの
「グレイスの考えそうなことだわ。私一人じゃ何をするかわからないから、真面目な監察官をつけて
「……それは」
「
否定できなかった。
まさに、グレイス局長はそう言っていたのだから。
リーゼロッテは小さくため息をついた。
「まあ、いいけどね。ついてくるなら勝手についてくれば?
「
「規則、規則、規則」
リーゼロッテが、歌うように言った。
「
挑発だ、とわかっていた。
けれど、黙っていられなかった。
「……規則は、守るべきものです。規則があるから
「ふうん」
リーゼロッテは興味なさそうに
「じゃあ聞くけど、子犬ちゃん。規則を守った結果、誰かが不幸になったら? それでも規則は正しいの?」
「そんなことは——」
「あるのよ。いくらでも」
リーゼロッテの声が、少しだけ低くなった。
「規則を守った結果、救えなかった命がある。規則に従った結果、見捨てなければならなかった人がいる。私は、そういうのをたくさん見てきたの」
ユーリアは言葉に
その声には、からかいの色はなかった。冗談でも、挑発でもない。
本気の、重い響きがあった。
「……だから、組織を辞めたのですか」
「さあ、どうかしらね」
リーゼロッテは肩をすくめ、再び軽い口調に戻った。
「そんな話は後でいいでしょ。とりあえず、行きましょうか。馬車を手配してあるの。森までは丸二日かかるわ」
ユーリアは、その背中を見つめた。
銀色の髪が、風に揺れている。
掴みどころがない。何を考えているのかわからない。
馴れ馴れしくて、
――けれど。
さっきの言葉が、
規則を守った結果、救えなかった命。見捨てなければならなかった人。
それは——どういう意味なのだろう。
「ほら、
振り返ったリーゼロッテが、
ユーリアは小さく首を振り、その後を追った。
この人のことは、まだ何もわからない。
けれど——わからないからこそ、見極めなければならない。
それが、自分の任務だ。
そう言い聞かせながら、ユーリアは歩き出した。
〝
そして——まだ自分でも気づいていない、何かを探し求めて。
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