【第4節】『番犬の誓い』

廊下ろうかを歩きながら、ユーリアは渡された書類に目を落とした。

リーゼロッテ・アステリアの経歴書。顔写真には、銀髪に紫の瞳を持つ女性が写っている。整った顔立ち。どこか冷ややかで、それでいて挑戦的な眼差し。唇の端には、皮肉めいた笑みが浮かんでいる。

美しい人だ、と思った。

けれど同時に、近寄りがたい雰囲気ふんいきがある。


——星詠ほしよみ一族本家直系。伝説の魔導士の末裔まつえい。元特級監察官。

  輝かしい経歴。恵まれた血筋。類稀たぐいまれな才能。


自分にはないもの全てを持っている人間。

なのに——それを全て捨てた。

規則を破り、組織を裏切り、自分勝手に生きることを選んだ。

理解できない。理解したくもない。

ユーリアは書類を閉じ、決意を新たにした。

自分は「規律きりつ番犬ばんけん」だ。

どれだけ相手が天才でも、どれだけ相手が名門の出でも、関係ない。

規則を守らせる。暴走を防ぐ。任務を遂行する。

それが、自分の役目だ。


——リーゼロッテ・アステリア。

心の中で、その名をつぶやく。

どんな人間なのか、この目で確かめてやる。

そして——規則の大切さを、思い知らせてやる。


執務室に戻ると、セレナが心配そうな顔で待っていた。


「ユーリア、大丈夫だった? 何の話だったの?」

「……任務よ。明後日から、出張になるわ」

「出張? どこに?」

「東の森林地帯。アストレアの回収任務」


セレナが目を丸くした。


「えっ、すごいじゃん! 三級で回収任務なんて、かなりの抜擢ばってきだよ!」

「……そうかもしれないわね」

「何その反応。嬉しくないの?」


嬉しい、という感情ではなかった。

重い。それが正直な気持ちだった。

リーゼロッテ・アステリアと行動を共にする。

規則破りの元特級監察官と。組織を捨てた裏切り者と。


——あなたなら、彼女を理解できるかもしれない。


グレイス局長の言葉が、頭の中で繰り返される。

理解? 自分が、あの女を?

冗談じょうだんではない。


「ユーリア?」

「……何でもないわ。準備があるから、今日は早めに上がるわね」

「う、うん。頑張ってね」


セレナの声を背に、ユーリアは自分の机に向かった。

胸の奥で、言い知れない不安がうずを巻いていた。

けれど——それを振り払うように、彼女は書類を手に取った。

任務の詳細を頭に叩き込む。規律の番犬として、恥じない仕事をしてみせる。

——たとえ相手が誰であっても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る