魔石の力で生き抜け
@cat-12kg
第1章 開拓村の孤児
第1話 レオの日常
彼の名はレオ。両親の記憶は無い。生まれ育ったのは、魔の森の中の開拓村。
その日、目覚めたレオは、いつもの様に顔を洗おうと
水を足そうにも水瓶の中に魔石の気配は感じられなかった。
昨日、水の魔石に問題は無かったはず。
孤児達だけで暮らしているこの家で、昨夜自分が水を使った後に、他の孤児が水を出せない事に気づきながら、放置してしまったに違いない。
まだ6歳の幼いレオは、途方に暮れるのだった。
仕方なくレオは自分の家を出ると、向かいに住んでいて、開拓村で自分たち孤児の面倒を見てくれているマーサ
中年でふくよかなマーサ姐さんは初対面の時、村の若い衆から「マーサおばさん」と敬意を込めて呼べと
以来、レオもちゃんと “
朝食の支度で忙しいマーサ姐さんは、魔石が
魔狼とは狼が魔物化したもので、体格こそ普通の狼より一回りから二回りほど大きい程度だが、その恐ろしさは普通の狼とは比べものにならないのだと、村の大人たちから聞かされていた。ただ、村の周辺には魔狼しかいないので、レオにとって狼と言えば魔狼の事だった。
レオは、村の中央にある他よりも大きな村長の家に行くと、マーサ姐さんから魔狼の魔石をもらって来るように言われたと村長に告げた。
村人が協力して倒した魔物から採取した魔石は、村長がまとめて保管しており、必要に応じて村人に分配していた。
白髪に長い白髭の村長は、姐さんかと笑いながら奥の部屋へ引っ込むと、麻袋に入った魔石を持って来てレオに渡してくれた。魔石を確認しておけと言う村長の指示に従い、麻袋の中の魔石を指で摘まんだ瞬間 “ピリッ” とする不思議な感覚をレオは覚えた。何と表現すれば良いかわからなかったが、とにかく普通の石ではない。
それは表面に虹色の紋様が妖しく揺らめく、何とも不思議な石。魔物の死体から取り出した時そのままの状態で、村の大人たちは、この虹色の紋様の揺らめく石を、
「
と呼んでいた。魔狼の原魔石は、大きさ、形ともに鶏の卵に近いものだった。
麻袋は後で返すようにと言われ、レオは頷くと、ありがとうと言って村長の家を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この虹色に揺らめく原魔石を、人の暮らしに役立つ “属性石” に変化させると、見た目もその属性に応じた色に変わる。村で日常的に使っていてレオも知っているのは、赤色の火魔石や青色の水魔石といった単色の属性石である。魔石と言えば、世間では普通こちらを指す。
原魔石を魔石に変化させる事、すなわち魔石変換はとても簡単だ。
魔狼の原魔石は属性数3の魔石と呼ばれ、火、水、風という3種類の属性石のどれにでも変化させる事が出来るが、その作業は直感的で本当に単純なものである。
この魔狼の原魔石を燃え盛る火の中に放り込めば赤色の火魔石になるし、水の中に沈めてやれば青色の水魔石になる。屋外で風に晒せば緑色の風魔石になるのだ。
そして、原魔石が属性石へと変化すると、その見た目だけではなく元の原魔石には無かった、とある劇的な変化が生じる。
本当に不思議な話なのだが、人は魔石の側にいるだけで、その魔石の存在を感じ取る事が出来るようになるのだ。明らかに五感の “枠外” の奇妙な感覚なのだが、例え目に見える場所に無くとも、10歩程度の距離内にあれば、人は魔石がそこに “ある” とわかるのだ。
原魔石には無くて、属性石に変化した瞬間から現れるその感覚を、人は “魔石を感じる” と表現していた。
そして、その “感じている” 状態で魔石に対して心の中で念じれば、何とも奇妙で不思議な “魔法の石” の奇跡が
『働け』でも『奇跡を示せ』でも何でも良いらしい。感知した魔石に対し、人が何らかの “命令の意思” を心で念じれば、赤魔石は発熱するし、青魔石の表面からは水が溢れ出す。そして『止める』ように念じれば、魔石の働きは止まるのだ。
何とも不思議な魔石の「起動」と「停止」
何故そうなるのか、誰一人説明出来る者はいなかったが。
とにかく、魔石さえあれば魔力の無い普通の者、世間で言う “
そんな庶民の奇跡が許せないのか、魔導師は皆一様に魔石を忌み嫌っていた。
魔物から採れる不浄の物と軽蔑し、表向きは公然と魔石を否定し続けるのである。
それでも魔石は必需品。魔導師も普段の生活では、こっそり使っているのだ。
当然、開拓村の日常生活でも、魔石は絶対に欠かす事の出来ない代物。
火付け用の火魔石や、飲み水のための水魔石が無い家など、村には一軒も無い。
こうした魔石は、その大きさにもよるが、概ね2,3年は
なお、一旦属性石に変化した魔石は、決して元の原魔石に戻る事は無いという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオが原魔石をもらってマーサ姐さんのところへ戻って来ると、姐さんは水が出なくなったレオの家の水瓶を姐さんの家へと運び込んでいた。中に残っていた水を捨てると、その水瓶に自分のところの水瓶から柄杓で綺麗な水を入れ、中を
寿命が来て魔石が潰れたら細かい塵になっちまうから、水の魔石の場合はこうして水瓶の中を洗うんだよと言いながら、もう二度ほど水瓶を濯ぐと、もらってきた原魔石を水瓶の底へ置くようレオに言い、その原魔石が水没するまで水瓶に水を入れた。
あんまり入れると重過ぎて持てなくなるからねと、水の追加を止め、水瓶をレオの家へと運び込んで、後はわかるねと言った。
レオは頷いて、ありがとうと言うと、ほどなくして魔石がそこに “ある” 事がわかった。無事、青色の水魔石になってくれたようだ。
『水よ出ろ』と念じる。
水瓶を覗いていると、水面が上がって来るのがわかった。
起きて来た他の孤児たちとその水で顔を洗い、喉を潤した頃、マーサ姐さんから、ご飯だよと声が掛かる。皆で朝食にありつくために姐さんの家へ移動だ。
外は良い天気だった。これなら今日の作業も
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオが住む開拓村とその世界は、中世の文明レベルに近いものだった。
ただし、そこは
魔物は野性生物が元の姿よりも大型化し、強大な力を獲得した恐ろしい存在。
人は知恵と経験を活かし、集団で立ち向かわなければ敵わない。中には、人がいくら束になって掛かっても到底太刀打ち出来ない化け物もいるのだが、天の配剤なのか、人の側にも魔法という超常的な力もあって、何とか対抗出来ていた。
魔物から得られる魔石は、そうした闘いのご褒美である。
それでも魔物と人の命がけの闘いは、長年の間一進一退。人が未開の地を開拓して新たに村を造る事もあれば、逆に “溢れ” と呼ばれる魔物の大量発生でそうした辺境の開拓村や、時には周辺の他の村までもが壊滅する事も珍しくは無かった。
レオの母親は病死だったらしいが、父親は魔物に殺されたと、彼は村の大人達から聞かされていた。森から這い出た魔物が村へと近づいて来るのは、開拓村ではありふれた日常の光景だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオの開拓村の住民たちは他国から流れて来た難民や、国内の他の村で口減らしのために去るしかなかった者たちである。新しい開拓村は、それまで誰も手を着けてこなかった場所に造るしかなかった。
ほぼ自給自足で生きてゆく村の生活が成り立つためには、近くに水源と森が必要となる。魔物討伐に左右される水の魔石だけでは、大量の農作物を安定して育てるには不十分であり、川や湖は必須だった。そして、森は建材や薪、食肉となる獲物、果実、果ては薬草までも供給してくれる、これまた必要不可欠な有難い存在なのだ。
この地域には、水量豊かな大河が草原を南北に流れており、川沿いにいくつかの森が点在していた。開拓村の初期メンバーであった開拓団の者たちは、森を目指して川沿いに南下して行った。しかし、魔物のいない普通の森の側には、既に村が築かれており、手つかずの場所と言えば、魔物が
しかも、この森の規模は大きく、森から這い出てくる魔物の数も多かった。
多少、森から離れた場所に村を造ったとしても、魔物の危険は避けられそうになかった。常識的に考えれば、避けるべき土地だったのだ。
それは偶然の巡り合わせだった。
他に適地が無かったとはいえ、本来なら諦めるべきこの土地に、敢えて村を造ろうと考えたのは、森の中を流れる小川の存在があった。
草原を南北に流れる大河から枝分かれした小川が、まるで魔の森の一角を切り取るかの如く森の中を流れ、再び大河に合流していたのである。そして、この小川と大河に挟まれた中州には、村人の居住地として十分な広さがあった。
開拓団の者たちは、この中州に賭ける事にした。
森から距離を取るのではなく、逆に魔の森の中に踏み込む事にしたのである。
前例の無い、大胆な決断であった。
川を天然の堀と定め、まずは中州にいる魔物を掃討して安全を確保。
並行して中州で伐採した木々で中州の外周部に防護柵を築いていった。中州の木々を刈り尽くすと今度は中州の外の森の木々を伐採し、中州をぐるりと囲う防護柵をひたすら築き続けた。
魔物と闘いながら半年掛かりの突貫工事の末、ここに堀と柵によって守られた、まさに砦そのものといった様相の特異な村が出現した。他に類を見ない魔物の荒海の中に浮かぶ、人間の孤島とも言うべき開拓村の誕生だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
中州に取り敢えず安全な居住地が完成した事により、ようやく始まった開拓村の農地開墾作業は、中州から魔の森に向かって進められた。
何もわざわざ魔物の棲み家に向かって開墾しなくてもと思うかも知れないが、開けた農地は森から這い出る魔物の発見を容易にし、中州という村人の安全地帯と魔の森という危険地帯とを隔てる緩衝地帯にもなるのだ。
厳重防護の中州とは違い、当然ながら外の農地までを同様に囲う事は出来ない。
魔物の危険に身を曝す村外の作業では、村人たちは農地の傍らに武器を置いて集団で作業を行い、魔物が現れると農具を武器に持ち替えて闘うのであった。
農作業が行われる場所には移動式の
見張り役は、まだ魔物と闘う事の出来ない子供達が務めており、レオもまさに、この役割だ。
櫓に登って魔の森方面を監視し、魔物を見つけると、吊り下げられている木の板を棒で叩いて知らせる。大人たちが、レオの合図で魔物の出現に気づいたと分かれば、急いで櫓から降りて、大人たちの背後で闘いの様子をひたすら見守るのだ。
魔物の見張り役としてのレオは、飛びっ切り優秀で、魔物が姿を現す前から、何となく気配を感じ取る事が出来ていた。魔物が魔の森から姿を現した瞬間に板を打ち鳴らし、大人達をいつも感心させていた。レオは幼いながらも立派な戦力だった。
こうしたレオの開拓村での生活は、強固な石壁で囲われた都市や、魔物の脅威が軽微な他の村と比べれば、随分と過酷なものだった。しかし皮肉な事に、この過酷さ故に孤児のレオは生きてゆく事が出来たとも言える。
開拓村は小さく貧しいからこそ、村人全員が一つの大きな家族のように生活しており、孤児の面倒も見てもらえたからだ。レオは、雨風や寒さを凌げる家に衣服、そして十分な食事を与えられており、この世界では恵まれた部類の生活であった。
もし、レオが都市部で孤児となっていたならば、果たして無事に成人を迎えられたかどうか、怪しいところだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオも成長するに従い、見張りや農作業だけでなく、いずれは魔物との闘いにも参加する事になっていた。開拓村の一員として、それは当然の流れだった。
そのため、見張り役を始めた幼い頃から、レオは村の大人たちが教師役を務める、武術鍛錬に参加し始めた。
使う武器は弓と短槍と剣。魔物と距離があれば弓を使い、近接戦となれば短槍を使う。短槍は間合いをある程度維持しながらも、長い槍より取り回しが容易なため、最も主要な武器であった。また、俊敏な小型の魔物を相手にする時のために、剣も鍛えられた。
そんな鍛錬を始めたばかりのある日、レオは不思議な体験をした。
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