最終章

嵐のような激情が引いていくと、部屋には再び静寂が舞い戻ってきた。

けれど、それは先ほどまでの張り詰めた緊張感とは違う。

もっと柔らかく、どこか甘い、安息の色を帯びた沈黙だった。


乱れた互いの呼吸だけが、暗闇の中で重なり合っている。

汗に濡れた肌が空気に触れて冷やりとするのを防ぐように、彼が背中からシーツを引き寄せ、私たちを包み込んだ。

その繭のような温もりの中で、私は泥のような気だるさに身を委ねる。

身体の芯まで彼に奪い尽くされ、指先一本動かすのも億劫なほど、深く満たされていた。


「……大丈夫か」


頭上から降ってきたのは、掠れた、けれどひどく優しい声だった。

私は彼の胸元に顔を埋めたまま、小さく頷く。

言葉はもう、必要なかった。

彼の心臓の音が、私の耳元で力強く、一定のリズムを刻んでいる。

それが何よりの答えであり、私たちが確かに一つだったことの証だった。


窓の外では、あれほど激しかった雨音が、いつの間にか穏やかなリズムへと変わっている。

私たちを世界から隔離していた雨の壁は、今や二人を守る揺り籠のように優しく響いていた。


彼の手が、愛おしむように私の髪をゆっくりと撫でる。

その手のひらの熱が、波打つ余韻をゆっくりと鎮めていく。

瞼が、抗えない重力に引かれて落ちていく。

意識の輪郭が溶け出し、夢と現の境界線が曖昧になっていく中で、彼が私の額に落とした口づけの熱さだけが、いつまでも鮮明に残っていた。


夜はまだ深い。

けれど、もう寒くはない。

彼の腕の中という、世界で最も熱い場所で、私は深い眠りの底へと落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨音に溶ける熱——その瞳に見つめられた瞬間、逃げ場などないと悟った。(エロティック) DONOMASA @DONOMASA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画