心地よい圧迫感
私の視界は、彼の落とした影によって完全に覆われた。
見上げることしか許されないその角度は、今の私たちが置かれた立場を明確に物語っている。
シャツ越しにも伝わる彼の体温が、冷房で冷えた私の肌を容赦なく侵食し始めていた。
「……怖がっているのか」
頭上から降ってきた声は、問いかけというよりは確認に近い響きを持っていた。
私は首を横に振ろうとしたが、身体は石になったように動かない。
ただ、渇いた唇を舐めて、彼を見つめ返すことしかできなかった。
彼の手が伸びてくる。
大きな掌が私の頬を包み込んだ瞬間、びくりと肩が跳ねた。
予想していたよりもずっと熱く、そして乾いたその手触りに、思考の芯が痺れていく。
親指の腹が、私の下唇をゆっくりと、確かめるように撫でた。
そのわずかな摩擦だけで、身体の奥底で燻っていた火種が一気に燃え上がるのを感じる。
拒絶の言葉など、とうの昔に失っていた。
むしろ、このまますべてを委ねてしまいたいという甘い誘惑が、理性の堤防を押し流そうとしている。
彼の瞳がわずかに細められ、獲物を追い詰めた肉食獣のような色が宿るのを、私はぼんやりとした頭で認識していた。
顔が近づく。
互いの呼吸が混じり合う距離。
彼の纏う微かな残り香が、雨の匂いと共に鼻腔を満たし、私の感覚を完全に支配した。
「目を閉じろ」
命令にも似た囁きに、私は操り人形のように従った。
視覚を閉ざしたことで、聴覚と触覚だけが異常なほど鋭敏になる。
衣擦れの音、彼の荒い息遣い、そして自分の早鐘のような鼓動。
次の瞬間、熱い塊が唇に押し当てられた。
優しさとは程遠い、貪るような口づけだった。
呼吸すら奪われるほどの圧力に、私はソファの背もたれに深く沈み込む。
頭の芯が白く弾け、私たちはその熱の渦の中へと、抗うことなく堕ちていった。
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