【短編小説】異世界喫茶『カフェ de ローズマリー』

すぎざき 朱

【短編】異世界喫茶『カフェ de ローズマリー』

就職して三年目の春。

 立派な社畜と化した俺は今年で26歳になる。


 後輩の入社式を終えて、軽くオリエンテーションも終えて、今は遅めの昼休み。新入社員と外食に出る社員が多い中、俺の元には今年も部下は入ってこなかった。まだ俺一人で頑張れと言う意味だ。

 部下もいない俺は会社の近くのどの店で昼ごはんを食べようかと考えていた。あれだ、新年度だし、暖かくなって人出も多いから、14時を過ぎた今でも単純に店が混んでいるのだ。美味しい店とかじゃなくて空いている店でいい・・・。そう思って歩いていた。

 

 あれ?今までこんな所にお店あったかな。

 小さな可愛らしい喫茶店を見つけた。


【cafe de rosemary】


「カフェ・・ド、ローズマリー・・・か」

 気になって店の外の看板を見た。メニュー表で、ある程度の金額を見たかった。しかし書かれていたのはメニューでも金額でもない。


「1、本名の名乗り禁止。2、店内で相手が嫌がる場合は詮索禁止。3、店外で会っても詮索禁止・・・は?なんだこれ?」

 注意書きだ。

 つまり、俺の場合は名前を聞かれても『タケルです』って言っちゃいけないって事か?それとも『有真アリマ タケルです』フルネームを言わなきゃ良いのか?

 大体、喫茶店で名前を言うことなんてあるか?他にも疑問は残るがここ二日間まともに寝てない俺の脳みそは考えるのを放棄して喫茶店の扉のノブを握っていた。


 小さな喫茶店。

 ただ、入ると見た目に反して大きい。いや、見た目と中身が明らかに合っていない。出入り口の扉を閉めるとそばに時計があった。アナログ時計とデジタル時計の二つ。俺は自分の腕時計を見る。今は14:12なのに扉の隣の時計は12:00を指している。この時計狂ってんな。

 大丈夫か?この店。



「おう、いらっしゃい!」

 太くダンディーな声が聞こえた。


 絶句とはこう言うことか。頭を鈍器で殴られたとはこう言うことか。

 目の前でなんか猫くらいの小さい動物がコーヒーを淹れていた。


「お、ご新規さんか。一人?」


 あれ?俺、疲れ過ぎて寝ちゃった?これ夢?


「おーい、大丈夫か?気絶してんのか?」


 動物が喋ってるよ。着ぐるみとかじゃないよな?だって小さいし。猫くらい小さいぞ?


「マスター、ご新規さんなんだから驚きますよ。いらっしゃいませ!一名様ですか?」

 店の奥から古い柄の着物に白いレースのエプロンを着た人間が出てきた。大正時代の給仕っぽい・・・和服メイドだ!!人間が出てきたことに安堵して返事をした。

「・・・はいっ!一人です!」

「カウンターでいいですか?」

「もちろんです!」

 笑顔の可愛い和服メイドだ。


「お客さん、看板の注意書きは読んでくれたか?」

 今、メイドさんにマスターと呼ばれた獣がまた俺に話しかけてきた。あれか、名前を言うな、詮索するなの注意書きだ。

「読っ・・読みました!」

「ほう、じゃあいい。ゆっくりしていきな。あと、この店は暗い話は禁止だ。のんびり楽しく話してってな」


 楽しく話してってなってなんだ?誰と話すんだよ?知り合いもいないのに、相手の詮索も禁止なのに?

「ねぇ!お兄さん!格好いい服着てるね!」

「あ、どうもこんにちは。ただのスーツだよ」

 そう言って、声のした方を見てビックリ。話しかけてきたのはウサギだよ。

「ウサギッ??!?!!」

「そうそう!ウサギだよ!うさぴょんとか呼んで良いよ!」


 そう言ってグラスに入った牛乳をストローで飲んでいた。俺はそのウサギに気になった事を聞く。

「あの〜・・・マスターって猫の親戚か何か?それともタヌキの親戚?」

「あっ!お兄さんそれマスターに直接聞かないで良かったね!その質問マスターすごく怒るから!!」

 そうかそうか、それは良かった。


「マスターはね、ハクビシンだよっ!!」




・・・ーーー




【ーハクビシンー

 ジャコウネコ科ハクビシン属に分類される食肉類の一種。害獣。家屋の屋根裏に住み着くこともある。見た目の可愛らしさに反して凶暴である】


「あ!それ他の人も持ってた!『携帯』って言うんでしょ?!」

「正しくは"携帯電話"だけどな。てかそんな凶暴なのかよ・・・」

「怒ると怖いけど・・・怒らなくても元々口調は強いけど、でもマスターは優しいよ!!」

 白いウサギは嬉しそうに牛乳を飲む。


「お決まりですか?」

 和服メイドがお水とおしぼりを持ってやってきた。

「あ、すみませんメニューがどこにあるかわからなくて・・・あ、でもコーヒーならありますよね?オススメのコーヒーを食後に1つ。あと、何か食べ物があれば」

「お食事なら、今日はカレーライスですよ!」

「じゃあそれを」

「はい!かしこまりました!マスター!食後にオススメホットコーヒー1つでーす!」

「あいよっ」


 離れたところで座ってタバコを吸っていたマスターがコーヒーの準備を始めた。




「うっ・・・・・美味いっ!!!」

 今日のランチのカレーがとんでもなく絶品だった。インドカレーとか、ネパールカレーとかと近いようで違う。でも日本のカレーとも近い感じがする。なんだこれっ!!

「ここのコックはお料理上手なんだよー!でも大変なのが嫌いだから、毎日一種類しか用意しないんだってー!」

「ここのコックって、マスターかあのメイドさんじゃないのか?」

「違うよー!でもなかなか表に出てこないよーん」


 短時間で随分ウサギと仲良くなった。まぁ、今は他にお客さんが居ないのもあるが。と思ったらドアベルが鳴った。しかし扉は開いてない。ベルだけが勝手に鳴り、近くの狂っていた時計が動き出した。


 アナログ時計はぐるぐると針が周り、デジタル時計もストップウォッチの様に数字が進む。

ーーピピッ

 そして16:37でどちらの時計も止まった。



 ーチンッー



「おっ16:37分か!美男子達が来たぞ!今日はちょっと遅かったな」

 マスターが言った。

 電子レンジと同じ音が鳴ったと思ったらドアが開いた。

「ふー!腹減ったぁ!マスター!今日のランチ2つ!」

 そう言って入ってきたのは、髪が長く、とんでもなく美しい顔立ちの王子様の様な服の男性とアヒルだった。

「あいよっ!カレー2つなー!」

 調理場に向かって大声でオーダーを通した。


「あれ!ご新規さん?それとも俺たちとはいつも時間が被らない常連さん?」

 あまりの美しさに恐れおののく、あれ?今喋りかけられてるのって俺?


「この人ご新規さんだよー!多分美男子の綺麗さにびっくりして絶句してるだけー!」

「はははっ!自分じゃ良くわからないんだけどね!」

「グワーッ!!グワーッ!!」

 代わりに返事をしてくれたウサギ。サンキュー、今俺美しさに息止まってたわ・・・。


 そしてマスターが俺の食べ終わりに合わせてコーヒーを淹れ始めた。


「お待たせしました!オススメのブレンドコーヒーです!」

「ありがとうございます!」

 可愛い可愛いメイドさんが持ってきてくれたらもうどんなコーヒーだって美味くなる。

 まずは砂糖もミルクも入れずに一口・・・


「?!・・・くっ!!コレもっ美味い…!!」

「なんか、酸味が強いコーヒーが苦手そうな顔してたからよぉ・・・」

「まぁ、酸味が強いのはコーヒーに限らず苦手ですね・・・」

「当たりだー!」

「相変わらずマスターは好みを当てるのが得意だね」

「グワーッ!!グワワワワーッ!」


 その後に砂糖とミルクを入れる。美味い。これは美味すぎる。早くもこの喫茶店にハマった。美味い食事とコーヒーと可愛いメイドさん。それと、もうなんで動物が喋ってんのかわからないけどこの平和な雰囲気。俺の生きてきたあの世界の社会ってなんなの一体。


「今日はね!朝凄く暖かかったから、朝ごはん食べた後にポカポカの太陽の下で寝ちゃったのー!それから人参の収穫に出かけたから今日この時間になっちゃったの!」

「そうだったのか!俺たちは今日入隊式があって遅れたんだ。血気盛んな新人隊員が多くてな、このアヒル副隊長に早くも手合わせを願う団員が多くてね!俺よりアヒル副隊長の方がお疲れだよ」

「グワッ!!グワワワッグ!」

「お兄さんは今日何してたの?!」

 ウサギが嬉しそうに俺に聞いてきた。

「俺は・・・仕事してて、俺も!新しい人が沢山来て色々組織の説明会してたらお昼ご飯の時間遅くなっちゃって・・・。いつもはもうちょっと早いんだけどね」

「そうなんだー!また会えると良いね!お兄さんはしょっちゅう来れそうなの?!」

「あぁ、まあ、来れると思う。働いているところ近いし」

「やったねー!あ!ボクもう行かなくちゃ!収穫した人参を市場に持って行かないといけないんだ!明日の売り物の人参なんだよ!そうそう!市場には可愛いお花の栞があるから今度買って持ってくるね!」

「え?うん?ありがとう?」

「じゃあ、美男子もアヒル副隊長もお兄さんもまたね!マスターお会計お願い!」

「うっす、牛乳とカレーは食ってねぇんだよな?仕入れ品のカップケーキだっけ?」

「そうだよ!」

「じゃ、500円な」

「はーい!」


 ウサギがマスターに手渡したのは見たこともない硬貨だった。マスターはその硬貨を液晶画面に接続されてる大きな箱形の機械に入れた。


ーーチャリン


ーーヴヴヴヴヴヴ・・・


ーーウィーン


ーーチャリンチャリン・・・


「ほらよ!お釣り。毎度あり!!」

「はーい!じゃあみんな、まったねー!」


 そう言って、俺が入ってきて、その後美男子とアヒルが入ってきたドアの前に立った。すると、またアナログ時計とデジタル時計が動き出した。


 ーーピピッ


 19:25分でどちらの時計も止まった。そして、チーンという音と共にウサギが扉を開いて出ていった。一瞬見えた扉の向こうは、外国のような広く大きい山の風景が広がっており、近場には秋桜のような花が一面に広がっていた。扉からの一本の道だけ開けている夢のような、御伽の国のような風景だった。


「メルヘン・・・!!」


 何時何分かを指すと時計は、色んな世界へ繋がる番号と言う事か!!・・・とすると?


 60分×24時間で1,440の異世界からお客が来る可能性のあるカフェって事か?!なんだこの店!

 


「”お兄さん”は、お昼ご飯はゆっくり食べてて許される人?」

「グワワッ??」

「へ?」

「たまに同じようにその”スーツ”っていうの来た人が来るんだけど、みんなすぐ食べて帰っていくんだよね。『お昼休み短いんだよー!』って言ってる」


 ーーっは!!?

 俺は時計を見た。もうこの喫茶店にきて1時間が経とうとしてい。まずい、午前中はオリエンテーションだったが午後は通常だ、今日が納期の仕事もある!!


「いけない!!もう行かないと!ありがとうございます!マスターお会計お願いします!」

「いいえ〜!また会えるの楽しみにしてるよー」

「グワッググワッグ!」


「はいよっ!お会計900円だっ!」

「え?安くないですか?」

「じゃあ2,000円」

「安くて嬉しいです!!ありがとうございます!!」


 千円札を1枚渡したが、果たしてこのお金で良かったのか?さっきウサギが見た事もない硬貨で支払ってたぞ。しかも機械の中に硬貨入れてたし。

 しかしマスターは俺の予想を裏切り千円札を別の口から機械へと入れた。


ーーウィンッーー


ーーヴヴヴヴヴヴ・・・


ーーウィーン


ーーチャリン・・・


「ほいよっ!100円のお釣りだ!」

「日本硬貨出てきたーーー!!マスターそれどうなってるんですか?各国?え?各世界の通貨が入ってるんですか?!」

「は?知らねぇよ!俺も詳しい事あんま知らねぇんだって!聞くんじゃねぇよ!!」

「知らないって事ないでしょ?!」

 そう話していたらマスターが指でトントンと板を叩いた。その板には、店頭の看板と同じ事が書かれてある。つまり・・・


「2、店内で相手が嫌がる場合は詮索禁止。な?」

「ぐぬぬぬっ仕方ない・・・!」

「まぁ、この店が悪く無かったんだったらまた来てくれな?」

「・・・もちろんっ!!」


 扉の前に立つと二つの時計が動く。店に入った時に時計が狂ってると思ったけど、そもそもこの時計は時間を表すものじゃ無かったんだな。勢いよく時計が周り、12時を表した。


「またなっ!」

「ありがとうございました!」

 後ろを向くとマスターと和服メイドが声をかけてくれた。そして前を向いて扉を開ける。


 


 店を出たらいつもの俺の住んでいる世界だ。忙しない。セカセカとみんな働いている。車の走行音、人の歩く音、話し声、喧騒が凄い。そうだ、これが俺が生きてきた世界だ。今居たあの空間は異世界だ。


 そうだ!!後ろ振り向いたら店が無かったとかないよな・・・?そう思って振り返るとちゃんと店はある。しかし、外から中は覗けない。店があるなら・・・また来れる・・・!よっしゃああー!!



 社畜、夢無し、趣味なしの俺に、とんでもない楽しみが出来た。

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