天才幼女はあざと可愛くロリコンお姉さんを独占したい~「大人になったら捨てる?」なんて計算外、一生溺愛確定です~

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あざと幼女編

第1話 IQ200の私(10歳)は、今日もあざとく「幼女」を演じる

午前七時三十分。

カーテンの隙間から差し込む朝陽の入射角と、室内の気温、湿度の相関関係を瞬時に計算し、私は今日が一日の始まりとしてな気象条件であることを導き出した。


私の名前は九条くじょうマシロ。

よわい十歳にして、某国立大学の数理科学研究室に出入りする、世間一般で言うところの「天才児」である。

私の脳内には、フェルマーの最終定理の別解法から、今晩の夕食における栄養素の最適配分まで、ありとあらゆる論理ロジックが整然とファイリングされている。


だが、そんなことは今の私にとって、道端の小石ほどの価値も持たない。

現在、私が直面している最大の課題ミッション

それは――このふかふかの羽毛布団から這い出し、同居人である神宮寺じんぐうじかなでに対し、いかに効率的かつ破壊的な「可愛さ」を提供するか。その一点に尽きる。


(……現状の私のステータスを確認。寝癖による髪の乱れ係数、三〇パーセント。パジャマのボタンの掛け違え、一箇所。……よし、完璧だ)


私は鏡も見ずに、自分の外見が「守ってあげたくなる幼女」の黄金比率ゴールデン・レシオを満たしていることを確信した。

IQ200の知能は、難解な数式を解くためだけにあるのではない。

あざとく生き残り、安住の地を確保するためにこそ、その演算能力は発揮されるべきなのだ。


「……んぅ……かなでぇ……?」


私は計算された寝ぼけ声を喉の奥から絞り出し、わざとらしく布団の上でもぞもぞと芋虫のような動きを繰り返した。

声のトーンは四四〇ヘルツ、甘えの周波数。

直後。

リビングの方から、パタパタという軽快な足音と共に、世界で一番甘い匂いが近づいてくるのを感知した。


「マシロちゃーん! お目覚めかなー? おっはよー!」


ガチャリとドアが開かれた瞬間、視界の全てがという概念で埋め尽くされた。

神宮寺奏、二十六歳。

私の保護者であり、契約上の同居人であり、そして――重度のロリコンである。


逆光を背負って現れた彼女は、まさに聖母マリアの如き威容を誇っていた。

柔らかそうな栗色のセミロングヘア、慈愛に満ちた垂れ目、そして部屋着のジャージ越しでも隠しきれない、物理法則を無視したかのような豊満なプロポーション。

彼女が部屋に入ってきただけで、室温が二度上昇したような錯覚を覚える。これを私は『かなで固有の熱力学効果』と呼んでいるが、学会で発表する予定はない。


「あーうー……かなでぇ、おきれないのぉ……だっこ……」


私は両手を小さく広げ、求愛行動をとる雛鳥ヒナの如く上目遣いを敢行した。

この角度。この無防備さ。

私の計算によれば、奏の脳内麻薬エンドルフィン分泌量は、この瞬間に致死量の一歩手前まで跳ね上がっているはずだ。


「きゃーーーっ! なになに、今日のマシロちゃん、甘えん坊モード!? 待って待って、そのポーズ尊すぎるから! 網膜に焼き付けるから三秒待って!」


奏は身悶えし、自身の顔を手で覆って深呼吸を繰り返した。

……チョロい。

実にチョロい。

彼女は有能なシステムエンジニアとして社会的信用を得ているらしいが、その知性は私の前では霧散し、ただの「でる機械」へと成り下がる。


「よし、充電完了! おいでマシロちゃん、ぎゅーってしてあげるねぇ〜」


奏がベッドにダイブしてくる。

私は抵抗することなく、その巨大な質量と熱量に飲み込まれた。


「んむぅ……!」


押し付けられる胸の弾力。

鼻腔びくうを満たすのは、高級な柔軟剤と、日向の匂いと、甘いミルクのような体臭が混ざり合った、奏特有の香り。

それは私の論理的思考回路を強制的にショートさせる、甘美な毒だ。


「はぁ〜、マシロちゃんいい匂い……。赤ちゃんの匂いがするぅ……。ねえ、今日お仕事休んじゃダメ? マシロちゃんを吸って一日を終えるだけの植物になりたい……」


奏は私の首筋に顔を埋め、変態的な発言を漏らしながら深呼吸スーハーを繰り返している。

客観的に見れば通報案件である。

しかし、彼女の抱擁には、恐怖や嫌悪を感じさせる要素が皆無だ。

ただひたすらに温かく、大きく、私という存在の輪郭を優しく肯定してくれる。


(……心拍数、安定。体温、微増。……悪くない)


私は奏の背中に小さな手を回し、しがみつくフリをした。

これは演技だ。あくまで、彼女を喜ばせるためのサービスの一環である。

断じて、私が彼女の温もりを欲しているわけではない。

……ないったら、ない。


「かなで、くるしい……つぶれちゃう……」

「あっ、ごめんごめん! 可愛すぎて力入っちゃった。……ふふ、マシロちゃん、寝癖ついてるよ。直してあげるね」


奏は私を解放すると、ベッドサイドに座らせ、愛おしそうに私の銀髪を指でき始めた。

その手つきの優しさといったら、まるで壊れ物を扱うかのようだ。


「マシロちゃんの髪は、絹糸みたいに綺麗だねぇ。将来、すっごく美人さんになるんだろうなぁ」

「……びじんさんに、なる?」

「うん! 間違いないよ。だって今こんなに可愛いんだもん。大人になったら、お姉さんなんて目じゃないくらいの美女になって、男の子たちが放っておかないよ、きっと」


奏は無邪気に笑う。

一点の曇りもない、未来への希望に満ちた笑顔。


その言葉を聞いた瞬間。

私の胸の奥、心臓の裏側あたりに、冷たいトゲが突き刺さるのを感じた。


(……?)


私は反射的に、自分の小さなてのひらを見つめる。

今はまだ、こんなに小さい。

何もできない、一人では生きられない、無力な子供の手。

だからこそ、奏は私を愛してくれている。

「ロリコン」である彼女にとって、私の価値はこの「幼さ」と「無力さ」に依存している。


成長とは、喪失だ。

私の身長が伸び、胸が膨らみ、自立した大人の女性へと変貌していく過程は、奏にとっての「愛すべき対象」から外れていく過程とイコールではないのか?

彼女が今、私に向けているこの熱烈な愛情は、期間限定の魔法に過ぎないのではないか?


「……マシロちゃん? どうしたの、急に静かになって」


奏が心配そうに顔を覗き込んでくる。

私は瞬時に思考のブラックボックスを閉じ、営業用の笑顔スマイルを貼り付けた。

不安なんて見せてはいけない。

子供は、ただ無邪気に笑っていればいいのだから。


「ううん、なんでもないの! ……かなで、おなかへったぁ。あまーいフレンチトースト、たべたいな!」

「はいはい、お安い御用ですよお姫様! たっぷりメープルシロップかけてあげるからね!」


奏は私の頬にちゅっとキスを落とすと、鼻歌交じりでキッチンへと向かっていった。


取り残された寝室で、私はひとり、自分の頬に触れる。

唇の感触と、熱が残っている。


「……計算できない」


ポツリと、本音が漏れた。

フェルマーの最終定理よりも、リーマン予想よりも、遥かに難解な問題。

それは『私が大人になっても、この居場所は維持されるのか』という命題だ。


今のところ、その解は見つかっていない。

だから私は今日も、明日も、全力で「可愛い幼女」を演じ続ける。

この温かな楽園から、追放されないために。


キッチンから漂ってくるバターの香ばしい匂いが、胸の痛みを少しだけ誤魔化してくれた。

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