第10話 王の生誕祭、屈辱の舞台


王の生誕祭の日が訪れた。この夜会は、王国最大の公的な行事であり、王室の威信を示す場である。


シルヴィアは、夜会に臨むため、公爵家が用意した格式高い銀色のドレスを纏った。その姿は、まるで夜の月光を閉じ込めたかのような、完璧な美しさを放っていた。


シルヴィアが王宮の控え室に到着すると、既にルドヴィクと自称聖女リーゼが揃っていた。


リーゼは、薄いピンク色の最新流行のドレスを纏っていたが、その色が国王アルベルト陛下の装束と、王妃イゾルデの装束のどちらとも僅かに近い色合いであった。


シルヴィアは、それを見て一瞬で凍りついた。これは社交における最大の失態の一つである。王室の夜会では、国王夫妻の装束の色合いを避けるのが鉄則であった。


「リーゼ嬢、そのドレスの色は……」


シルヴィアが警告を発しようとした瞬間、ルドヴィクが苛立ちを露わにして遮った。


「またか、シルヴィア!リーゼは私の心からの愛の色を選んだのだ。お前の冷たい指摘など、聞く必要はない!」


リーゼは、ルドヴィクの背後に隠れるようにして、「わたくし、純粋な気持ちで選びましたのに……シルヴィア様は、わたくしの気持ちを傷つけたいのですね」と、涙目で訴えた。


シルヴィアは、これ以上何を言っても無駄だと悟った。警告を無視させたという事実は、すべてルドヴィクの愚かさに帰結する。彼女は、王室の威厳が、今夜、リーゼの浅薄さによって傷つけられることを予感し、深い絶望を覚えた。


そして、夜会が始まった。


王と王妃が入場し、その色彩が夜会の会場を支配する中、リーゼのドレスの色は、遠目から見ると国王夫妻の装束と混ざり合って見えるという、最悪の状況を招いていた。


さらに、悲劇は続いた。


ルドヴィクがリーゼを連れて賓客に挨拶を回る途中、リーゼが階段を踏み外し、派手に転倒したのだ。彼女の着ていたドレスの裾が、シルヴィアの足元にまで広がった。


リーゼは、痛みに声を上げることなく、ルドヴィクの腕の中で、「うっ……」と、か細く呻いた。


そして、リーゼがルドヴィクの胸に顔を埋めたまま、誰にも聞こえないほどの小さな声で、しかし劇場のように目立つ身振りで、口を開いた。


「あ、あの……ごめんなさい、ルドヴィク様……わたくし、シルヴィア様に相談しましたのに……」


リーゼは、ハッとした顔で口元を押さえ、怯えるように周囲を見渡した。そして、涙で潤んだ瞳でシルヴィアを一瞥した後、痛みに耐える聖女の演技を完成させた。


「……なんでもありませんわ。今のは、わたくしの独り言でございます。知らなかったことはいえ、この大事な席でこのような失態を犯し、申し訳ございません。」


この完璧な芝居は、周囲の貴族全員に、「冷たいシルヴィアが、嫉妬からリーゼに悪意ある助言を与え、転倒まで企んだ」という印象を決定づけた。


ルドヴィクの怒りは頂点に達した。彼は、自らの寵愛する「聖女」を庇う、という大義名分のもと、シルヴィアに牙を剥いた。


「シルヴィア・フォン・レオンハルト!貴様の卑劣な嫉妬は、もはや看過できん!公爵令嬢としての品格を自ら貶め、王室の威信を傷つけた罪は重いぞ!」


シルヴィアは、静かに、一切の感情を顔に出さずに、その場に立っていた。転倒したリーゼの側に、一切の汚れがないことを確認した彼女は、反論しても、この愚かな状況を変えられないことを悟った。


(これで、全て終わり。私の努力も、この国への献身も、全てが悪意として断罪されるのなら……)


その屈辱の舞台の遠景で、ユリウス第二王子が、侍女の沈黙という矛盾とともに、その光景を「王室の崩壊の予兆」として、静かに見つめていた。

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