第5話 推しが選んだもの
金曜日の夜8時過ぎ、英会話講座が終わって皆が帰る頃、会社からのメールが届いてないかスマホを確認していた。
「ノア、夕飯食べた?一緒にここ行かない?よかったら皆も一緒に」
僕の隣で元気そうにノアくんを誘ってるのは
「へぇ結構近くにあるね。
講師であるノアくんは、激しいオーラの碧羽ちゃんに対してすごくおっとりしてる。何を言っても否定から入らなくてすごく余裕がありそう。最初アメリカから来た御曹司かと思ったけど、そうでもなさそう。年齢不相応なほど達観し過ぎてる。この優しげな風貌は過去に憂き目に遭った可能性がある。
「わたしも行く」
碧羽ちゃんとノアくんの言葉に即座に反応したのは
「えー」と反応する、碧羽ちゃんの言葉に
「まあ、いいじゃん」
このおばさんを拒絶しないノアくんの心の広さはいい年した自分も本当に尊敬する。
「じゃあ田中さんも行こうよ」
「わかった、一緒に行くよ」
遂に僕も誘って来たか。金曜日だし皆でディナーもいいね。
「他に行きたい人いるー?」
「ごめん、もう帰らないといけない」
そんな人が多かった。僕も独身じゃなかったら誘われても断らざる負えかったはず。
碧羽ちゃんはひたすら大人数が好きなのかな?
それともノアくんと行きたいけど二人で行くのが恥ずかしいだけなのかな?
僕は田中、40代会社員。妻と離婚して現在1人暮らし。
「メニューお決まりでしょうか?」
「油淋鶏チャーハンの点心セットをひとつ」
碧羽ちゃんやっぱり反応早い。
「蒸しエビのエスニック風をひとつ」
「私は魯肉飯をひとつ」
この店始めてだし定番でいくかな。
「中華そば&からあげ点心セットでお願いします」
「以上でよろしいでしょうか?」
「ノアのめっちゃ美味しそう、その蒸しエビ食べたことないんだ」
碧羽ちゃんノアくんのことずっと見てるなぁ。そんなに食べたいなら自分もそれにすればいいじゃん。
「一口食べてみる?」
「え、嬉しいありがとう」
ノアくんは食べ始める前に小皿に一つ取り分けて碧羽ちゃんの前に差し出した。碧羽ちゃんはノアくんからもらったものだけめちゃくちゃ美味しそうに一口を味わった。これって料理の味関係ないだろ、絶対に。
「ごめん、私のもあげたらよかったね。もう食べちゃった」
碧羽ちゃんが少し申し訳なさそうに言った。
ノアくんはすぐに「いいよ、僕これで足りるから」と返す。
「若いんだからもっと食べなよ」
出た、山口さんのお節介。自分の魯肉飯を取り分けてノアくんに差し出そうとする。
「そんなに食べられないんだ」
「痩せすぎてない?もっと食べた方がいいよ」
「ありがとう、でも、食べ過ぎない方が体調が良いんだ」
ノアくんの言い方は優し過ぎる。彼の細い体型を見て、察せないものだろうか。恐らく少食であまり量を受け付けないか、体調管理をしている可能性が高い。特にノアくんのように細身の若者に、「食べろ」と強要するのは、一種のハラスメントだと思うが自分が関与しても波風立てるだけ。そう思ってただ黙々と麺をすする。
ノアくんはそれを一切嫌な顔せず受け流している。この達観した心の広さはどこから来るんだろうか?
「デザート頼もうかな、杏仁豆腐一つ」
碧羽ちゃん食欲旺盛だなぁ。大食いなのに太ってないのは若いからかな。若いってちょっと羨ましい。僕は健康診断の数値が年々悪くなってきてるから。
「ノアくんもデザートくらい食べなよ。お金足りないなら奢ってあげようか?」
「ごめんね、ありがとう。この時間に甘いものは食べないんだ」
山口さんのお節介を、ノアくんは全く嫌味なく断った。
最近の若者は…なんて聞くけど、食欲旺盛な碧羽ちゃんもいれば、少食で痩せているノアくんも珍しくない。若者の典型例などないに等しい。
今日はなんか特別な夜だった。普段の会社生活ではなかなか得られない、ジェネレーションギャップを超えた不思議な交流。ノアくんの達観した光は、彼ら全員の日常を少しだけ特別なものに変えていた。
________
『ピーンポーン』
「はーい」
朝起きて着替えたばかり、ソファーでコーヒーを飲みながら一息吐いてたところ。
土曜日の午前8時、こんな早朝に私の家を訪ねて来るのは少なくとも碧羽しかいない。
「おはよう、
ドアを開けると碧羽は既にハキハキし、右手にコンビニの袋、左手にコンビニコーヒーを持っていた。
今日は何か愚痴じゃない話しが聞けそうな予感。
「おはよう、碧羽がコーヒーって珍しいね」
まあなんとなく予想はついてるけど。
「ノアがコーヒー大好きだから私も練習してるんだ」
「やっぱりか、セブンのコーヒーは苦過ぎない?せめてファミマかローソンのやつから練習したら?」
「そうなの?」
「そうよ」
「でもノアはよくセブンのやつ飲んでる」
「ほぉじゃあせめて最初は少し砂糖かミルク入れてみたら」
「嫌よ、ノアはブラックで飲むって言ってたもん」
「彼は甘いもの飲めないんじゃない」
「違うと思う。ブラックが好きなの!!性格からして味覚大人のはず」
「そうならざる負えないのかもね」
碧羽はソファーに座りコーヒーを一口飲むと、案の定、顔を思い切りしかめた。
「苦っ!悪いけど水頂戴」
「ほらね、何やってんのよ、碧羽らしいけどさ。そんなことしたって全然カッコ良くないわよ」
心底呆れながら冷水を渡す。
「はい、千早の分もタマゴサンド買ってきたよ」
碧羽はコンビニの袋からタマゴサンドを二つ取り出した。
「ありがとう、朝食まだ食べてなかったからちょうどよかったよ」
「タマゴサンドもノアの大好物なんだってね、ビクターと分けて食べてたラブラブな投稿」
「また、それ何度もその話し聞き飽きた」
「わかったよ。楽しい話する。昨日すごく良いことあったんだ」
「何したの?」
「ノアと他の生徒で教室のあと食事行ったの」
「おお、いいね。どこに行ったの?」
「
そしてさ、ノアが食べたメニュー分けてもらったらめっちゃ美味しくて」
「何だったの?」
「蒸しエビのなんとか?エスニックっぽいタレが掛かってた」
「それは美味しそうだね」
「普段私、油淋鶏とかエビマヨとか餡かけ焼きそばとかが多くてこんなヘルシーなの食べようと思わなかったし、多分彼がいなかったら食べることないメニュー」
「ノアさんやっぱり病気で節制してるんじゃないの?」
「確かにノアの病気は脂質や糖質摂りすぎないに越したことないって書いてた。山口さんからの施しもめっちゃ断ってた。だけど、ノアは普段色々食べてるし、そこまではしてなさそうよ。エビが好きって言ってたから、ただ好きなもの食べてるんじゃない?」
「ふーん。人の努力をそんな簡単に『好きだから』の一言で片付けられるわけ?」
本当に腹が立つ。好きな人にだけ、こんなに想像力を欠くなんて。
「私の推しだもん、カッコ良いに決まってるじゃない。ノアはいつもキラキラしてるし」
「推しってちょっとアイドルじゃないんだから」
「リア推しよ」
「何それ?」
「私が今考えた言葉。リアルの人を推してるの略
リアコの逆よ」
「ハハハ、草生えるわ…」
「千早、冷たい」
両想いを求めないことは悪くないけど、ノアさんのような謙虚で目立ちたがらない人にそれは迷惑だと思う。てかそんなに好きならせめて頑張ってる彼を認めてあげなよ、こんなやつに好かれて可哀想。
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