幕間2-2 ~ミネラルウォーター、再来~

 革袋商会 広報部 二課による怪盗討伐動画は、同時接続数10万人を記録した。

 サービス終了直前のゲームの配信としては、破格といえる。


 それだけ怪盗というチーターは知名度が高く、その討伐は話題性に富んでいた。


 SNSで切り抜きがバズった。ゲーム内でもマスコミクランが貼り紙をし、配信をみていなかった層にも情報は伝わっていく。


 広報部の活躍。

 そして協力者、クローバーの躍動。


 ニュースは、ガルトリンゲンから遠く離れたエリアにいた、ある少女の耳にも届いた。


 /


 ダンジョン【ミノタウロスの地下迷宮】第七層。


 邪教の教会をモチーフにしたエリアで、青黒く脈打つ巨大な心臓の下、枯れた花束が大量に並ぶ。

 その不気味な空間を一望できる主祭壇に、その美少女は立っていた。


 名は、ミネラルウォーター。博打中毒者ギャンブラーにして、クローバーの相棒。


 和装のうえに青空色のレインコートを羽織る姿は、暗いダンジョンの中でも、月光のように繊細な美しさを花開いている。


 ただし――。


 悲惨だった。目を覆うような傷を受けていた。


 左目はえぐれている。首は不自然に曲がっている。

 右足の膝から下がなくなっており、直立できず、壁にもたれかかっている。


 元々、義手・義足・義眼で半人形サイボーグ化していたミネラルウォーターだったが、多くのパーツが欠損してしまっていた。


 【ホウライの玉の枝】があったというマルドゥク村の実力者であったことが、原因だった。【枝】の持ち主と疑われたのだ。

 

 ガルトリンゲンの闇オークションで偽物の【枝】が出品されるまで、他のプレイヤーに始終狙われ、つきまとわれ。

 圧倒的なプレイスキルで、死にはしなかったものの、再三の戦闘で、深く傷ついてしまっていた。


 ただ。その表情には満足感があった。


「あの子はもう、覚醒した。……時は満ちたね」 


 そう言いながら七輪を取り出し――クローバーから預かった本の槌、アンクラーゲを


 /


 【アドベントゥラ・インフィニタ】では、監視系のスキルや魔術が充実している。


 種類やレベルが多種多様。相手の位置情報を特定するものから、視界共有できるもの、チャット履歴を断片的に諜報するものまである。


 監視系で敵に直接ダメージが与えられるわけではない。

 だからといって、侮るなかれ。


 裏切りが日常茶飯事、昨日の友が今日の敵のこのゲームでは、敵・味方含めて、動向を監視するのが大切。

 うまくスパイしたやつが、【アドベントゥラ・インフィニタ】でトップをとる。

 依頼主から金を受け取り、密偵を行う、監視スキルの専門家集団スパイクランもあるくらいだ。


 そのような背景で、ゲーム上、極めて重要な監視系術式なのだが――


 ひとつ、弱点があった。


 /


 ミネラルウォーターがアンクラーゲを炭火であぶりだしてから数時間後。


「あっち! あっち! 燃焼ダメージが止まらないにゃ!」


 ダンジョンに転がり込んできた獣人がいる。

 アンクラーゲをクローバーに売った武器商人、ミスティルテイン。


 猫耳をぱたぱたと動かしながら、涙目でミネラルウォーターをにらんだ。


「やめてにゃ! いますぐ!」


 ミネラルウォーターは笑った。


「よし、ギャンブル成功! やっぱり、君だったんだ。クローバーくんの武器に、監視系術式を仕込んだの」


「……っ! もう開き直ってもだめそうだな。ってわけで、うん、そうだにゃ! タイプの子だったから、ずっと眺めてた! ……途中であんたに邪魔されたけどにゃ!」


「知り合いの異常性癖を目の当たりにするの、しんどいな」


 監視系術式の弱点。それは、媒介となっているアイテムが損傷すると、術者にダメージがくること。


 たとえば、街中のツバメの巣を監視カメラにすることができる第Ⅱ類魔法【にぎやかなパノプティコン】では、巣を破壊されると術者は死ぬ。


 死人がでた地点を水鏡に映す、スーパーレアの固有スキル【黄泉の水面ステュクス】は、水鏡を割られると術者は死ぬ。


 ミスティルテインのユニークスキル【髪は全てを見ている】は、自分の体毛と接触しているプレイヤーの挙動を監視するというもので、彼女はアンクラーゲに体毛を混ぜていた。


 そのアンクラーゲを、ミネラルウォーターはあぶった。


 結果、仕込まれた毛が燃焼ダメージを食らい、彼女にフィードバックされたというわけだ。


「で、なんでアンクラーゲを燃やすのよ。嫌がらせ? HPがゴリゴリ削られて迷惑にゃ」


「ミスティルテインを呼び出すためだよ。協力してほしいことがあってね」


「そんなの、普通にチャットしてくれたら良かったのに!」


「それだと断られそうなお願いだったから」


「……どんなお願いにゃ」


「クローバーの現在位置を探し当ててほしい。得意でしょ、そういうの」


 ミスティルテインが渋い顔をする。

 その表情も予想通りで、ミネラルウォーターは口角をあげる。


 彼女はどうしようもないストーカーで、こだわりがとても強い。

 特に、自分とクローバーの距離を縮めるようなことは、なぜか気に入らないらしかった。

 

 嫉妬かもしれないし、別の感情かもしれない。実際のところがなんなのか、ミネラルウォーターは知らない。

 

「率直に言うにゃ。あたしはあんたと少年を近づけたくない。ハッピーエンドから遠ざかりそうだからねぇ。でも……断ったらどうする気にゃ?」


「アンクラーゲに修復魔法をかけつつ、永遠に燃やし続ける。ミスティルテインはずっと燃焼ダメージに苦しめられる」


「……やるしかないようにゃ。あーあ! ヘンなやつらに店爆破されたから、道具もほとんどないんだけど……」


 頭を掻きむしりながら、ミスティルテインは告げる。


「……あんたの泣きそうな目、ひさしぶりに見た。何を企んでるのかは知らないけど、本気だってことは伝わったにゃ。だからやってやる。その代わり、少年に手を出すなよ??」


 そう。これもミネラルウォーターの予想通り。


 ミスティルテインは断らない。彼女はどうしようもなく、お人好しなのだ。


 唯一予想外だったのは……『泣きそうな目』と言われたことだ。


 泣きそう? この私が?

 少々動揺しながらも、ミネラルウォーターはスルーを決め込む。


「……クローバーくんには手を出さない、だよね。努力するよ」


 ミネラルウォーターは右手を出す。ミスティルテインも、しぶしぶといった表情で手を挙げる。


 そのままハイタッチを交わそうとして……バタン。

 ミネラルウォーターは倒れた。自分の右足の欠損を忘れて、踏み込んでしまったのだ。


「なにをやってるんだにゃ、おてんば娘」


 あきれ顔のミスティルテインに抱っこをされ、ミネラルウォーターは苦笑する。


「……もうひとついいかな。車椅子を作ってくれる? 高性能で、イカれたやつを、ひとつ」

 

 /


 ミスティルテインに運ばれているとき。

 

 ミネラルウォーターの右目は、子どものように輝いていた。


 うれしい。クローバーくんと、再びギャンブルできるのがうれしい。


 でも。彼女は自分の頬をひっぱたき、気合いを入れる。


 気をつけなければならない。

 これからは、漫然と賭けていてはだめなのだ。


 細心の注意を払いながら、より大胆に。大掛かりに。

 自分の人生至上最高のギャンブルを成功させる必要がある。


 回り道は、許されない。

 

 もう、はあまり、残っていないのだから。

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