覚醒

 僕の固有スキル【荒月の咆吼】は、対象を獣人に変える。


 クロススパイクの頭に、小麦色のもふもふの耳が生えた。


 銀色の尻尾が露出した。


 一見、使いどころのまるでわからない、あまりに異様なスキル。


「んー?? な、なんだい、こりゃ??」


 怪盗が一瞬固まった。


 もちろん、スケルトンという種族に表情筋はない。

 それでも、ギョッとした感情がはっきりと感じ取れる。


 クロススパイクの、突然の獣化。

 まるで意味不明だろう。

 

 わからない、というのは怖い。

 怖いから、怪盗は恐怖の源泉を閉じようと動く。


 すなわち――


「下手なことはさせるかァ!!!」


 クロススパイクを絶命すべく、突進した。


「クロススパイクの言った通りだな。……動く方向がはっきり分かってる敵ほど、やりやすいものはない」


 僕はクロススパイクから教わった怪盗の死角――右下に潜り込む。

 

 身をグッと沈める。蛇腹剣を抜き放つ。


 この一日、蛇腹剣の操作法はクロススパイクから習ってきた。

 そのひとつを脳内で反復し、放つは、


 【広報部・秘伝蛇腹剣術:ロイコクロリディウム】


 蛇腹剣を相手の腕の関節に巻きつかる技。

 

 その効果は、相手の動きを操ること。

 

 怪盗の右腕がむちゃくちゃに暴れだす。


「んっんー、うざったい! でもなァ、まだ左手が空いているんだよォ! クロススパイクはここで、絶対に殺す!」


 怪盗はなんとか剣を左手に持ち替える。

 

 炭の魔剣【遠き星海の熾火】。

 

 触れた相手を燃やす必殺の魔剣を握りしめ。

 倒れるクロススパイクに向かって飛びかかる。


 ――剣は、刺さった。


 クロススパイクの肩を貫通した。


 途端、火の手が上がる。

 赤いほのおが、最強の広報部課員を焼く。


 怪盗の顔に安堵が浮かんだ。


 それも、一瞬で終わった。


 


【決闘が成立しました。開始まで3秒前】

 

 


 鳴り響いたのは、不可解なアナウンス。

 

 「……なに?? 決闘??」


 身の覚えのない事態に、怪盗が凍りつく。

 だがアナウンスは止まらない。


【2秒前】


「決闘なんてしてないだろう?? なんなんだァ?」


【1秒前】


【――開始】


 決闘が開始した、らしい。


「はは……なるほどなァ」

 

 クロススパイクは納得したように笑うと、その首をかくんと落とした。

 その瞳にはもう、生気はない。


 クロススパイクは、絶命した。直後、


【決闘終了。勝者、アルセノワール】


 怪盗の本名がアナウンスで流れる。


「……んー? 本当に、なんだったんだァ??」


 頭上にハテナマークをいっぱいに飛ばす怪盗へ聞こえるように、僕は大きな独り言をつぶやく。


「僕はね、カスみてえなユニークスキルにあたって、絶望してたんだよ」


 だって、人を獣にするだけだろう?

 本当にどうしようかと思った。


「だけどまあ。使い道は一応あったってことさ」


 あの溶鉱炉の中。僕はクロススパイクとユニークスキルを使って何ができるか試していた。


 結果わかったのは、ユニークスキルで獣化したプレイヤーはテイムできるということ。


 テイムとは、動物や一部の魔物を飼い慣らし、ペットにし、操ることができる機能だ。


 そして、クロススパイクと出会ったころ……彼女がペットの【人食い木】と僕を決闘させたように。

 

 飼い主は、ペットに決闘させることができる。


 僕はクロススパイクをペット化すると同時、システムウィンドウからクロススパイクvs怪盗の決闘を申し込んだ。

 

 それで怪盗の前に決闘申請のウィンドウが出た瞬間に、相手の腕を操作できる【広報部・秘伝蛇腹剣術:ロイコクロリディウム】を用い、一瞬で『はい』をクリックさせた。こうやって、怪盗に知られぬまま、決闘を開始した。


 そして――決闘ってのは、模擬戦をするシステム。


 決闘中の "死" は、なかったことにされる。


「はァ、助かったのう、クローバー。おかげさまでリセットじゃ」

 

 終了からややあって、クロススパイクが立ち上がった。

 

 瞳には光が戻り、蘇生している。


 怪盗は、待ってくれよとでも言うように空を見上げ、長いため息を吐いた。


「んっんー。卑劣。卑怯。小狡こずるいなァ。スポーツマンシップはないのかい?」


「チーターに言われたくはないな。それに、チーターに立ち向かってきた広報部いわく……『小狡い』は、最高の褒め言葉らしいぜ」


 そんなセリフを口にしつつ、僕はクロススパイクに向かって解毒魔法を放つ。


 蘇生したとはいえ、決闘前に食らっていた状態異常まで消えるわけじゃないのだ。彼女の体はまだ毒に犯されている。


「あまり使い勝手のいい術式じゃない。効果が出るまで数分はかかる。回復するまでそこで寝ていてよ、クロススパイク」


「ええー、ウチも暴れたい!」


「さっきさんざ暴れたでしょ?? 楽しみたいから最初は一人でやらせろっつって!」


 さて。


 僕の行動を規定しているプログラミングには学習機能が搭載されている。


 さっきから、怪盗と広報部の戦闘を見ていた。見て、学習していた。


 多彩な魔剣・魔道具による攻撃。あるいは、それを素手でさばききるクロススパイクのテクニック。


 ……凄まじく上質なだった。


 目に映る一挙手一投足が、自分の血肉となっていくのを感じていた。


 今、かつてなくコンディションがいい。

 濃厚な学習体験が、肉体の感覚を研ぎ澄まし、鋭敏にさせている。


 だから。これからの戦闘で僕が勝っても、それはきっと広報部の手柄だ。


「クロススパイク!」


 薄緑色の光る魔方陣に囲まれて、解毒治療中のクロススパイクに僕は叫ぶ。


「あんたたちがいなければ! 僕はここまで強くならなかった!」


 蛇腹剣を振り抜く。刀身は風を切りつつ、しなやかに曲がり、怪盗の胴にがっちりと巻きついた。


「んー? 苦しいねェ」


 身をよじらせる怪盗。

 だが、逃がさない。

 

 蛇腹剣のワイヤーはギチギチと音を立て、その胴体を隙間なく締めあげる。

 

「んっんー、この程度で拘束した気なのかい? 剣を盗めば、なにも問題ないんだがねェ。第Ⅲ類魔法【スティー……」


「ゴー、シューーーートッッッ!!!!!」


 蛇腹剣を握る。一気に引き寄せる。


 巻き取られる鋼。その流れにともない、怪盗の体は強制的に、すさまじい勢いで回転する。


 技の名は、【広報部・秘伝蛇腹剣術:千鳥独楽】。


 殺傷力はない。ただ相手をコマのように回すだけの、嫌がらせのような技。


 しかし、その嫌がらせも、PvP戦には有効だ。


「お、お゛ええええええええええェェエエ」


 怪盗はひざまずき、吐いた。


 チーターだろうがなんだろうが、中身は人間。


 VRの中で、高速回転なんてしようものなら……確実に、酔う。


「んー、これはさすがに……ゲ、ゲボ……ひどくないかい?」


 怪盗は生まれたての子鹿のように、震える足で起きようとするも、そのままベタンとぶっ倒れる。

 焦点があっていない。立ち上がることすらできてない。


 【スティール】の発動には、対象の直視が必要。

 この状況じゃ、怪盗は僕の蛇腹剣を盗めない。


 盗難の阻止は、これでクリア。


「今だあああああ!!!!」


 蛇腹剣を振りかざす僕に、怪盗はゲロをまき散らしながら叫んだ。


「ボクを守れェ、魔道具【ブリキの傭兵団】!」


 怪盗の周囲の地面が盛り上がり、金属製のプレートアーマーに身を包んだ兵士が這い上がってくる。


 手にはメイス。すっぽりと鉄鎧を被り、顔はみえない。

 青白く光る鋼の体で、ただ「シュー、コォー」と息を漏らしている。

 

 そんな不気味な兵士が、6人。

 怪盗の周りに立っていた。


「6人か……」


 そうつぶやき、僕は微笑する。


「さっき怪盗が分身したときと、同じ状況だな!」


 先ほどのクロススパイクの立ち回りをトレースする。


 すなわち、一体に急接近し、その胴体を拳で破壊。

 その隙に襲いかかってきた兵士たちに対しては足をひっかけ、同士討ちをさせる。

 燃料タンクにぶつけて炎上させ、手刀で首チョンパする。


 兵隊の殲滅。かかった時間は一分弱。


 やっぱり、調子がいい。

 

 五感がどんどん鋭く。限りなく研ぎ澄まされ、それに反比例して世界がスローに流れる。

 全てがゆっくり動くなか、僕だけが加速する。


 その感覚が絶頂に達したとき――

 

 カチリ、と。


 僕の脳内プログラムで、なにか回路が繋がったような感覚があった。


 一寸遅れて僕を満たしたのは、燃え上がるような全能感。


 なんというか、今なら、そう。



 



 僕の喉から漏れたのは、


『んっんー、ズイブン気分がいいねェ』


 怪盗の口調だった。


『第Ⅲ類魔法【スティール】!!』


 気づけば、怪盗お得意の魔法を放っている。

 

 ……怪盗のマントが、掌中に収まっていた。

 一度もやったことのない魔法が、成功した。


 慌てた怪盗が、次々と道具を出す。

 刀。ナイフ。魔道具。


 それを……


『【スティール】!!』


『【スティール】!!!』


『【スティール】ッッ!!!!!!!』


 すべて盗んだ。

 盗めてしまった。


【スティール】は本来、低確率でものを盗む魔法。

 全部成功するのは、確率的におかしい。


 どうも僕は。

 幸運値Maxという怪盗のステータスまでコピーしているらしい……!


 僕は高らかに笑った。笑っているらしかった。


 なにか、他人に操作されているような感覚のもと、僕は酔い倒れた怪盗を踏みつける。


『んっんー、どうしたんだい? 酔って倒れて、今は泣きそうな顔をしているねェ。泣き上戸かなァ』


「……んー、酔ってるのはむしろ、オマエじゃないかァ?」


 なにかおかしい。


 これまでは、プレイヤーの戦いを学習するといっても、その対象は立ち回りや魔法に限られていた。


 ステータスまでコピーするのはおかしい。

 口調が乗り移るのも、明らか変だ。


 こんなの……「学習」の範囲を超えている。

 

 これは言わば、


「ボクからモノを盗むなんて……許せんねェ。盗む側は、いつだって僕だァ!! 第Ⅲ類魔法【スティール】!!」


 怪盗が盗難魔法を放った。

 対象は、僕の蛇腹剣。


 あの怪盗、ようやく酔いから回復したらしい。盗難を成功させやがった。


 蛇腹剣が手元から消えていく。

 

『んー。じゃあ、これはどうかねェ。 毒の魔剣【レミング】!』


 僕は言った。


 途端、蛇腹剣が縮む。シルエットが片手剣へと変形する。

 刀身が黒く染まり、僕の蛇腹剣は。


 怪盗がかつて所持していた、毒の魔剣へと変貌した。


 すべてが夢見心地のなか、僕は【レミング】となったそれを、盗まれる直前に叩き折る。


 致死の毒煙が、青く漂った。


「な、なんだァい、そりゃ??? 剣を作り替えた???」


『んっんー、驚いてるねェ。……ボクも驚いてるよ。吃驚仰天びっくりぎょうてんだ』


「と、とにかく! 今は逃げさせていただくよォ」


 背を向け、駆け出そうとした怪盗の足下を、透明の光が一閃。


「逃がすかよ」


 クロススパイクが立っていた。解毒に成功したらしく、血色が良い。

 黄金色の目を爛々と輝かせながら握りしめるは、さっき怪盗が投げ捨ててた剣――【ゴースト・サーベル】。


 元は革袋商会のものらしい不可視の剣で、怪盗の両脚を切断した。


「またこの毒かァ。言われてみりゃ、ちょっと臭い気もするのう!」


 鼻の前を片手であおいでキシシと笑うと、クロススパイクはギザ歯をニタァと開く。


「でもウチはなァ、解毒魔法をかけたばっかりじゃ。じゃけェ、多少吸っても問題はない!」


「や、やめ……」


「ああ! あんたの体の自由が毒で奪われるまで! ウチがあんたを足止めする!!!」

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