《怪盗視点》人身売買

 その瞬間、ガルトリンゲンにキノコ雲が上がった。


 /


 怪盗が使った魔道具は【汚濁の果実バッド・アップル】。


 その能力は単純。ただただ純粋に。


 威力の高い爆弾だ。


 オークション会場は今や……瓦礫がれきの山と化している。


 元は地下空間だったのだが、天井は吹っ飛び、透き通った朝空がみえている。


 生きているものは……まず、怪盗。


 厳密には一度死んだが、種族特性【死者蘇生】を発動させ、蘇っている。

 不死身の彼にとって、自爆技は敵のみを殺す、最強の切り札だった。


 そして、オークション賞品を格納している……宝箱擬態型魔獣ミミック


 元々、圧倒的な防御力を誇る種族である上、中のアイテムを守るため、ステータスが高い個体が厳選されている。

 この地獄絵図のなかでも、ガシャガシャと足を生やしてうごめいている。


 あとは――司会。


 怪盗が出現してもオークションを続行できるよう、司会台を中心とした高度の防御魔法で守られていた。


 しかし彼女は……それでも不十分だったらしい。


 頭から流血している。右手が欠損している。

 司会台につっぷして倒れており、苦しそうなうめき声を上げている。



 目下、動くものは以上。


 

「客は死んだ。革袋商会も壊滅した。オークションの続けようがないねェ」


 怪盗はあおった。

 自分の存在を無視してオークションを続行しようとした、闇オークション統括委員会。


 そのすべてを叩き折ってやった。痛快なこと、この上ない。


 煽ってやっても、司会は血だまりの中に倒れたまま。傷が深くて動けない? それとも、悔しくて動きたくない?


 どちらにせよ、ザマーミロだ。


 ボクのことを軽くみたツケだ。


 充足感と嗜虐心しぎゃくしんに胸を膨らませながら、司会を見下ろしていたとき。


 

「ふふふ…………っ♡」



 不意に、司会が笑った。子どもが好きな子にイタズラをするような、そんな軽やかな笑い声。


 怪盗はギョッとした。


 ゆっくりと顔を上げた司会。自分をまっすぐ見据えるその瞳には、ひとかけらの絶望も見えなかったのだ。

 

「なんでも売れる。なんでも買える。それが "闇" オークションです。こんな闇の水底みなそこじゃあ」


 血まみれの手で、彼女はハンマーをにぎる。

 

人だって出品人身売買できるんだぜ」


 カァン!


 司会が叩く。


 カァン!


 鐘を叩く。叩いて叩いて、騒音のさなかに述べる口上は、


「出品番号45番、革袋商会 広報部【第一席】クロススパイク!」

「出品番号46番、偽造出品疑惑のクソ野郎、クローバー!」


「……なん……だと??」


 固まる怪盗をよそにして、瓦礫の山からぬっと生えるのは、獣人の毛深い挙手。


「もしもし? 買った。10アウルム。2人ともだ」


 広報部、カメラマン。【第六席】サボテンサンバが手を挙げた。片目はつぶれ、肩はぱっくり裂けている。

 

 だが、生きていた。配信用のカメラを回しつつ、まっすぐに司会を見据えている。


「ま、待て……!」


「売買成立♡」


 カァアン!


 鐘が鳴ると同時、カパッと音がした。


 大爆発にも耐えうる、強固な封印を施した宝箱擬態型魔獣ミミックが口を開ける。


 そこから登場したのは――


「おうおう、あんたけェ? ウチの妹殺してくれたんは」


 ギザ歯の修道女クロススパイクが睨む。


「やあ、昨日ぶりだね。ご希望の【ホウライの玉の枝】、盗れるもんならとってみな!!!」


 ダンジョンボスクローバーが嗤う。


 戦場に、最後の2ピースが、投下された。


 /


 時は、怪盗の自爆直後。

 場所は、宝箱擬態型魔獣ミミックの体内。


 宝箱擬態型魔獣は見かけはただの箱だが、体の中に入ると、ちょっとしたビジネスホテル程度の広さがある。

 室温は適温で、湿度は低い。宝物を保管するのに適した環境だ。ちょっとした観葉植物まで置かれている。


 そんな、こざっぱりとした空間の中に、二人、壁にはりついて息を荒くする者があった。


 見つめる先は、三つの鍵穴。外界をうつす、体内で唯一の窓である。


「おいおい、まじかよ……」


 オークション会場を上がるキノコ雲を前に、愕然としているのはデュラハンのNPC、クローバー。


「なんだあの威力。オークション会場まるごと吹っ飛んだんじゃないか??先行したやつらは……まず全滅だよな」


「……いや、そうとも限らんのう」


 答えるのは、ボロボロの修道服を着た長身の女、クロススパイク。


「【第六席】サボテンサンバ。あいつは生存能力に関しては右に出るものがいない戦場カメラマンじゃ。きっと生きているし、それすなわち、。そして――」


 そこで一拍おき、クロススパイクは深く息を吐く。


「これまでの戦闘を通して、怪盗の弱点がわかった。やつは視野の右下が死角になっているらしい。【フェイスミラー】――自分のアバターの顔が視界に表示される機能だが――おそらくそれがオンになっているんじゃろうな。それで、ミラーと重なって、見えにくくなっている領域があるってわけ」


「な……!? 横から見てるだけでそんなことまでわかるのか?」


「各攻撃に対する反応とかみていりゃ、案外わかるもんじゃ!」


 クロススパイクは実に楽しそうにキシシと笑った。


「そんなわけで、配信は! 戦闘は! ウチが引き継ぐ! ……あんたも来てくれるな?」


「……もちろん!」


 クローバーが差し出した手を、クロススパイクは笑って握りしめた。


 頭巾ウィンプルに半分隠れた金色の目は、戦闘前の興奮で妖しく燃えている。


 熱い吐息を鍵穴に吹きつけながら、彼女はぽつりとつぶやいた。


「はあ。前に配信に出たのいつだっけ」

 


 /


 

 【第七席】おぱんつ星人は、後にこう語る。


「対怪盗の作戦を立てる際、クロススパイクは会議にいなかった。謹慎中だったからな。だが、別に良いんだ。奴は自由人。人の話を聞かないから、会議に出しても意味がない」


「しかしだな、奴はなにも考えてないわけじゃない。いつもいつも、自分で勝手に作戦を立てている。だが、それでいいんだ」


「僕たち――クロススパイク以外の広報部員――の作戦の目標は、怪盗を倒すことじゃなかった。消耗させ、手の内を明かすことだ。クロススパイクにとって、最高の舞台を整えることだ」


「それから先は奴が勝手にやってくれる。なんたってな。あいつは最強だ」


 /


【第五席】、実の妹はこう語る。


「お姉ちゃんはなんというか、ホラー漫画の登場人物って感じなんですよねぇ。あ、もちろん怪異側なのです!」


 /


「あの最強が還ってきた!」


 SNSでつぶやきが流れる。


 /


「ちとログインしてみるか。三年ぶりだけど」


 独り言を口にする者がいる。


 /


「ゆ、有休とります……!」


 突如叫ぶ会社員がいる。


 /


 

 そして。

 彼女は、宝箱擬態型魔獣ミミックから出てきた。

 


「こんクロ~。みんな久しぶりじゃのう。配信するのも何週間ぶりじゃっけ。九ヶ月? ワロタ」


 派手な身振りで、にこやかに話すクロススパイク。

 

 カメラの位置は不明だ。


 革袋商会の戦場カメラマン、サボテンサンバ。さっきまで瓦礫から頭を出していたはずの彼女は、一瞬で姿を消した。

 ダメージを負っていることもあり、隠密しながら撮っているのだろう。どこにいるかクロススパイク本人にもまるでわからなかった。


 だが、伝わってくる気がした。


 見えないカメラ。

 その向こうにある、視聴者の期待。好奇。そして熱狂。


 この感触も、たまには良いものだな、彼女は思う。


「さいきん配信も面倒だったんじゃけどさァ、妹がコテンパンにされちゃったみたいで。お姉ちゃんとしては見過ごすわけにはいかないよねェ」


 目尻をつり上げるクロススパイク。

 ギリ、と歯ぎしりをしながら、凶悪な笑みをみせた。


「それじゃあ、チーター討伐RTA、やってくよォ」


 カァアン!


 呼応するように、司会が鐘を鳴らした。

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