ギザ歯巨女、いいっすよね

 瞬間、視界が明るくなった。

 

 僕の周囲、半径2メートル。

 その範囲に存在していた枝がバラバラにスライスされ、地面に落ちる。


「ここらの職人は武器を一振り鍛造するたびにのぉ、記念に【人食いの木】を植えるんじゃ。我が子が腹いっぱい生き血を吸えますようにって願いながら、な」


 そんな声がした。


 土煙の向こうに、乱入者の姿が見える。


「剣郷ガルトリンゲンで生み出された剣は数千にのぼる。そしてそれだけの数の【人食い木】がここには生えとるってわけじゃ」


 ズタズタに裂けた黒い修道服が揺れる。

 竜の鱗を下げたロザリオが、じゃらりと音を立てる。


 シスターの格好をした女の人だ。

 存在感が――強い。


 背が、男性アバターでも中々みないくらい高い。

 布の裂け目からは鍛え上がった腹筋がのぞいている。


 目深まぶかに被った薄灰色の頭巾ウィンプルで、顔はわからない。

 ただ不敵にんだギザ歯のみが露出していて、それも彼女にオーラを添えている。


 女は右手に握った剣を、胸の前に立てる。


 刀身の異様に細い剣で、その刃は――


「おうおう、たいぎいのう。すっかり刃こぼれしとる」


 女は悲しげにそう口にして、剣を鞘におさめる。


「花火のせいで運悪く、森の【人食い木】の約3割のヘイトがこちらに向いた。これだけの数を相手に剣を振りつづけることは通常不可能。技術的な問題ではなく、剣の耐久値がもたないからのォ」


 嘆息する女。そこで……第二波の枝が来ている。

 

 先ほど切り伏せられた枝の残骸を乗り越え、なにかの怨念でも感じさせるような迫力で、僕らに向かって伸びてきた……!


「……だが!【刀匠】なら可能!」

 

 女は右手に石を拾う。

 灰色で、丸くて、ついそこに落ちていた、なんの変哲もない石ころだ。


 それが。

 まばゆい光とともに変形する。


「【ただの石の剣 Lv.1】!!!」


 そう告げると、生成した剣を目にも留まらぬ速さで振るい、枝を弾きはじめる。


 数本、枝が切断された。


 だがそこまで。彼女が手にしているのは初心者が手にするような【石の剣】だ。


 あれほど堅い枝を相手に無傷でいられるわけがない。

 あっという間に、折れた。


 女は剣の柄から手を離す。

 今しがた切断され、空中を舞っていた枝の切れ端をつかみとる。


「【ただの木の剣 Lv.1】!!!」


 さっきまで枝だったものが、今度は木製の剣へと変化する。

 

「低レベルの武器なら!素材に手に触れるだけで生成できる! それが職業ジョブ【武器職人】の頂点キワミ、【刀匠】の効果じゃァ」


 万物を剣へと変化させる。剣が折れようが刃こぼれしようが問題ない。

 弾切れしらずの狂戦士バーサーカー


 【武器職人】とはここまで戦闘向きの能力だったのか。


 ……いや違う。


 生成されるのは、あくまで低レベルの武器。

 そんなので無数の【人食い木】に対処できてるのは異常だ。


 なかでも彼女が今握っているのは【ただの木の剣】。

 このゲームの中で最弱の装備である。


「無茶かぁ、さすがに。【木の剣】じゃあ【人食い木】は斬れんわ」


 だがそんな劣悪な武器で、枝をはじく。

 背後から伸びてきた枝は強靱な脚で蹴り上げる。


 剣ではじいた枝と、脚で蹴った枝が交差し――。


「ほォら、蝶々結びじゃァ」


 互いにからませて無力化してしまった。

 女はギザ歯をニィとむき出しにして凶悪に微笑む。


「ほら……ガキ」

 

「な、なに……???」

 

「ほらほらほらほらほら……」

 

「だからなんですか……???」

 

「この隙に逃げるけェ……抱かれてくれ……!」


 女の動作は速かった。

 倒れ込むようにダッシュすると、僕の脇の下に片腕を滑らせる。


 なめらかな所作だった。

 次の瞬間僕の体は、その長身の締まった肉体にぎゅっと抱きかかえられている。


 堅い体にがっちり捕まれて感じるのは、安心感か、それともトキメキか。

 生暖かい感触が、お腹のあたりに、液体めいてじんわりと広がる。

 

 やっべ。キュンときちゃう。


 ちょっと恥ずかしくなって顔を伏せると、女は僕のあごをつまんで、くいっと持ち上げた。


「ほォ。美ショタか。ウチは基本枯れ専じゃがァ……たまには味変もええのう……!」


「あ……ありがとうございます?」


「いい……いいねェ……! っちゃうよォ、脳汁出ちゃうォ!」


 女が興奮気味にギザ歯を開くと同時、頭巾ウィンプルがするりと脱げた。


 栗色の三つ編みが、発光キノコの明かりを浴びながら飛び出す。

 意外に長い睫毛まつげで縁取られた黄金色の瞳は、卑猥な発言とは裏腹に優しげで――


「じゃ、行くぞ。舌噛みなさんなや」


 そうイケボでささやくから、あー狂う。

 言動は濃いけど、これあれだ。

 女性パーティーに一人はいる王子様キャラだ、この人。

 

 女は接近してくる枝の群れを睨み、わずか首をかしげた。

 チャリ、と三つ編みの根元を留めているアイテムが揺れ動く。


 女の髪につけられているのは、竜の鱗。

 その効果は【跳躍力向上】。


 大きく踏み込む。

 鋭い亀裂が幾筋も地面に走り、陥没かんぼつする。


「脱出!!!!!!」


 一呼吸の間を置いたあと、凄まじい速度で空に舞い上がった。

 暗かった森林の中から空へと躍り出て、視界が一気に明るくなった――気がした。


 ……見えない。なにも。

 ただ【人食いの木】の気配が離れていくのを感じて。向かい風のうなる音がして。


 妙にフローラルな香りが鼻腔を満たすのみだ。

 

 加速の反動で、僕の顔は女の双丘に、むんぎゅと押しつけられていた。


 だぼっとした修道着を着ていたから気づかなかったが……相当、デカい。


 こ、このままだとまずい。

 さりげなく頭の位置をずらそうとしたその瞬間、女の手が僕の後頭部を押さえた。


 かけられるのは、万力のごとき圧力。首が1ミリも、動かない……!


「勃ってるかァ、ガキ。勃っとるよなァ」


 やっとのことで視線だけを上に向けると、女のギザ歯が開くのが見えた。


 唾液の糸が光るさまは、なにかの捕食動物のよう。

 

「ええじゃろこれ!隠れ巨乳でなァ、男を悩殺すんのが夢やったんじゃ」


 ミネラルウォーターも大概変わってたけど。

 なんかまた変なのにつかまったな。

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