紙装甲

「【サラマンダーの鱗】ってアイテムは知ってる?」


 そうミネラルウォーターが聞いてくる。


 【サラマンダーの鱗】。


 存在だけは知ってはいる。

 一枚身につけるだけで【移動速度】のステータスが増すって代物だ。


 だけど……


「見たことは、ないな」


 【移動速度】を上げるアイテムは他にないはずなんだけど……使っているプレイヤーに会ったことはなかった。


「そりゃそうだよ」


 ミネラルウォーターは言う。


「超希少種であるサラマンダーのドロップアイテムだから供給が少ない。でも【移動速度】を上げる唯一のアイテムだから需要がある。だから、このゲームで最も高額なアイテムのひとつなの」


「……どれくらいするんだ?」

 

「取引のたびに変動はあるけれど、相場は大体900000000アウルムだね」


 うへぇ。僕の所持金残高は 10000 アウルムだからその 9 万倍だ。


「そして、上終中学校美術部というクランは、資金の全てを【サラマンダーの鱗】の購入に充てている」

 

「え、全て?そこまでしてほしいのか?」

 

「主な目的は二つある。一つ目は買い占めにより価格相場をさらに高騰化させて利益を出すこと。二つ目は、資金を安全に管理することよ。有り金を全て【サラマンダーの鱗】にすることで、上終中学校は盗みが究極に困難な環境を作り上げた」


 ミネラルウォーターはウィンドウに目線を送った。鱗だらけのプレイヤーが退屈そうにあくびをしていた。


 「上終中学校美術部は購入した全ての【サラマンダーの鱗】を一人のプレイヤーに纏わせた。鱗の枚数はおよそ――18000枚。そのプレイヤーの【移動速度】ステータスは計算上、一般プレイヤーの約580倍」


 ミネラルウォーターがウィンドウに映るプレイヤーを指ではじく。


 プツンと鳴ってウィンドウが消滅し、同時に彼女はため息をついた。


 その吐息に混じる感情は、不満ではなく。緊張でもなく。 


 彼女は興奮まじりにこう言った。

 

「こうして、金庫兼、最強の門番が誕生したってわけさ」


 /

 

 ミネラルウォーターによる「上終中学校美術部」の説明が終わったあと、僕らは作戦の詳細を詰めていった。


 議論はそれなりに白熱し、終わった頃には満月が空高く上っているのが窓から見えた。

 

 現実世界リアルでも夜が深いのだろうか。プレイヤーとおぼしき人たちは次々とログアウトしていき、今パチンコ屋に残っているのは僕らとゴブリン NPC のみだった。


「だいたい決まったね。お疲れさまー。じゃ、最後に少し、自己紹介をしよっか。さっき私は金が好きだと言ったね、クローバーくん」


 ミネラルウォーターが僕に顔を近づける。あまりに整った顔が迫ってくるので、なんだか恥ずかしくなって思わず目をらした。

 

 距離近くね……?


 バトルでプレイヤーの間合いに入ったことは何度もあるけれど、鼻先の距離にまで近づいたことは初めてだ。


 脳が混乱する。


 深夜テンションのせいか、もしかして僕に気はあるのでは??なんてキモいことも考えてしまう。


 恐る恐る、視線を戻してミネラルウォーターを見据えると、彼女は目を半眼にして僕をみていた。


 湖を思わせる青い瞳の奥底。蛇のように強い光が宿るのが見えたのは気のせいだろうか。


「お金の次に好きなのがね、『スリル』なの。破産するかも。殺害キルされるかも。そんなときに分泌される脳内麻薬で私は生きている。だから私のプレイスタイルは【紙装甲】。」


 そうささやくと、ミネラルウォーターは頭をコツンと僕に当てた。


 同時に、彼女が話した言葉は僕の頭から抜け落ちた。いただきました、美少女の頭突き。


 ボディタッチ……?


 こんな嬉しい攻撃は初めてだな。


 剣で切られるのも魔法で焼かれるのも好きではないけれど、こんなアタックなら大歓迎だよ。


 ボト……ボト……。

 

 夢見心地にふわふわしていた僕の意識は、長椅子の上に何かがこぼれる奇妙な音に引き戻された。


 ふと視線を下げて、目を見張る。

 椅子にこぼれ落ちたそれは、床の上へと流れ落ち、純白のカーペットを赤く染めていた。


 え、もしかして僕、鼻血を出しました?


 自分にそんな機能があったなんて知らなかったので、びっくりする。


 興奮して鼻血を出すなんて、そんな古風な。このゲーム作ったやつら何歳なんだ。


 いやでも。そういえば僕の血は黒色なんだった。それもラメ入りの。


 こんな鮮やかな緋色ひいろではない。


 じゃあこれを流しているのは……。


 顔を上げる。目に写ったのは、整った鼻梁びりょうから一筋の赤い筋を垂らす少女。


 白い肌を赤い血で汚しながら、ミネラルウォーターはつややかな笑みを浮かべた。


「私は防御力のステータスを極限まで削っている。だから頭突きしただけで鼻血が出るし、ゴブリンのパンチでも致命傷になりうる。代わりに!」


 ミネラルウォーターは床に向けて拳を放つ。

 

 生成される凄まじい衝撃波。

 クラゲの円蓋ドームが覆う薄暗い空間、その中で、ミネラルウォーターの亜麻色の髪が掻きあがる。


 天井から差すランタンの光が、広がる髪の毛を暖色に反射し、キラキラ光った。同時に、パチンコ屋全体を揺らす振動が発生した。

 

 パチンコ玉がそこらで落下して跳ね飛ぶ。


 客のゴブリンたちがびっくりして腰を浮かせる。


 大音声だいおんじょうとともに、ミネラルウォーターの拳はカーペットをぶち抜き、石張りを破壊。床に凄まじい亀裂を走らせていた。


「低い防御力を代償に、それ以外のステータスを上げている。攻撃力パワーとか幸運値ラックとかね。攻撃を当てれば勝ち。外せば、おしまい。そんなプレイをしたくって」


 床に刺さった拳を引き抜き、彼女は再度僕に顔を向けて、ニッと笑った。


「つまるところ、私は生粋のギャンブラーなの。刺激のない人生なんて耐えられない。ライフがいくらあっても足りないような、そんなプレイがしたいの……ん、クローバーくん、何か言いたそうな顔をしてるね」


 この人……僕と価値観がまるで真逆だ。


 死にたくない、その一心で鍛え、行動している僕とは正反対だ。


 いろいろと言いたいことはあるけれど、尋ねることはひとつだけ。


「僕は【ホウライの玉の枝】イベントを本気で獲りにいくつもりだ。僕はギャンブルは趣味じゃないし、むざむざキルされるつもりもない」


 一拍置いて僕は聞く。


「ハイリスクな作戦を行うのは結構。だけど君は……この作戦、本気で勝つ気でやるつもりかい」

 

 ミネラルウォーターは一瞬きょとんとしたあと、微笑してこう言った。


「変なことを言うね、クローバーくん。ギャンブルってのは、なにも適当にやるってことじゃない。入念な準備と十分な勝算。その二つを手札に持ちながら、リスクを承知しつつも、百パーセント絶対に勝つ気でやる。それがギャンブルってもんさ」


 彼女につられて僕も笑う。

 本気で勝ちにいく。

 それが共通しているなら、価値観プレイスタイルの相違なんてどうでもいい。


「じゃ、明日の夕方から。よろしくね」


 クラゲを解除し、席を立つ彼女に手を振りながら、僕は心の中でつぶやく。


 じゃあ戦友。また明日。

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