犬も歩けばムチムチ獣人 (♀) に当たる

「自由だぁぁあああああああ!!!!!!」


 ダンジョン【バベルの塔】の入り口、マルドゥク村の中央広場にて。噴水の音をかき消す爆音で僕は叫んだ。

 

 持ち場ダンジョンからの脱走に成功。手に汗握る逃走劇を……といきたいところだが、気持ち悪いくらい何事も起きなかった。


 そりゃそうだ、サービス終了直前だぞ。

 ダンジョン内はプレイヤーが全然いなかった。


 下級NPCはいるけど、見つかったところでアイツらは何も感じない。


 ってわけで、ビバ! 念願の一人暮らし!


 僕は脳内で設定画面を開く。

 まず覗くのはプロフィール画面だ。


【バベルの塔ダンジョンボス:クローカー(種族デュラハン)】


 僕の名前はクローカー。

 だがダンジョンから逃げ出している以上、ここで本名をさらすわけにはいかない。


 この設定をいじって偽名に書き換えられないかな……。


【クローバー(種族デュラハン)】

 

 書き換えられた……? 書き換えられたぞ……!


 このゲームのプログラムのガバっぷりに感謝しつつ、今後は『クローバー』として生きていくことを決意する。

 

 次にのぞくのは所有財産だ。

 

 NPCだって金はもっている。プレイヤーを倒したときその持ち金を何割か吸収するのだ。


 もっとも、その割合ってのはごくごく小さい上、プレイヤーに負けたらドロップとして大半落としてしまうのだが。


 まぁ、それなりにプレイヤーを倒してきたから、それなりに財産はあると思うけど。


 さぁーーて気になるお値段は……えーっと……30000アウルム、か。


 うん、これじゃ初期プレイヤーの持ち金と大差ない。ま、言い換えりゃ初期投資には十分な金ってことだ。


 さて、なに買おう。

 と自問するもそんなことは最初から決まっている。

 

 剣一本だ。


 裏方ばっかりで苦労してきたんだ、今度は僕がプレイヤーとモンスターをボコる側に回りたい。

 思う存分にね。


 ってわけで僕は、武器を求めてマルドゥク村の商店街を歩く。


 オワコンなだけあって、人通りは少ない。

 イノシシの顔したイカツイ商人がラクダに大荷物載せてがっぽがっぽと歩いたりしているが、恐らくNPCだろう。


 ただ寂しい街並みかといえば、そんなことはない。


 少し崩れた家屋の隙間からは魔トカゲがぴょこぴょこ跳ね、石畳の通りには木の枝そっくりの妖精が走る。デザイナーが優秀だったのだろう、なかなか見ていて飽きない景色だ。


 道にぽつん、ぽつん、と光っているのは竜の鱗だろうか。竜はいい素材になる。

 意外とおいしいマップなのかもしれない。


 やたら多くある飲み屋を素通りし商店街を突き当たりまで進んだとき、僕は足を止めた。


 武器商人の店があった。

 だが。二軒あったのだ。


 一軒はよくもわるくも普通の店だ。「武器商人」とむちゃくちゃにシンプルな看板の下にはショーウィンドウ、中にあるのはまあまあに高そうなそこそこの剣。


 ショーウィンドウに飾るくらいだから店で一番良い奴なんだろうが、これじゃあ僕がいた層は攻略できないだろうな、と思う。


 その隣にあるのは。


 掲げられた看板には豪胆に筆文字で【剣商 矛盾】。


 NPCが読むにはあまりに個性的すぎる筆跡。


 ショーウィンドウもなにもなく、それどころか窓もない。


 窓の代わりに、壁にぼこぼこに穴が開いている。爆撃魔法でも受けたのか、というほど屋根のトタンもメタメタで、もはや屋根の役割を果たしていない。


 プログラムされた僕のセリフのなかには「こんな汚い塔に住んでるからって馬鹿にすんじゃねえぞ。ほら、旨いラーメン屋ほど汚いだろう?」という、ともすればゲームの世界をぶち壊しそうな意味不明なのがあるのだが、それにならうなら、外装で決めつけるのはよくないかもしれない。


 だけど。なんか不安だよな……。


 毒にも薬にもならない一軒と、毒か薬かもわからないというか高確率で猛毒な一軒。


 しばし悩んでいた僕は背後に伸びる影に気づかなかった。


「つっかまーえったぁぁぁああああああ!!!!!」


 ふんぎゃ!


 びっっくりした。声出た。ゴブリンみたいな声出た。


 頭に凶悪なまでに巨大な乳がのしかかる。ぐあ。

 む、む、む、む、む、む、胸だ……。


 僕にはそういう感情も備わっていたらしい。血が上る。のぼせる。のぼせて天に昇りそうになる。

 

 昔、少年のプレイヤーが白兵戦の末にボン・キュ・ボンの猫娘モンスターと揉みあい揉まれまたがられたとき、顔を真っ赤に状態異常な挙動をしていたが、彼の気持ちが今わかった。


 僕はしぼるように声をにじりだす。


「え、えっちな感じのNPCですか……そ、そういうのは間に合ってます……」


 背後の女はカアカア笑った。


「いやぁ抱きついただけですってェ、妄想力ユタカですねぇ~少年。健全なショタを抱くほどお姉さんは乱れてませんよーだっ」


 獣人族の女だった。


 きれいな三角形の猫耳に茶目っ気のある鳶色の瞳。

 

 かぼちゃ色の髪は獣人らしく跳ね、図体はでかいがどこか子供っぽいあどけなさを持つ風貌。

 

 むっちりした体に穴だらけの短パンとタンクトップをぼろきれのようにまとっている。


「ふふふ、少年。ダンジョン入り口にまできて武器ももってないなんて、さては初心者だなーオメー」


「ま、まあね、先日始めたばかりなもんでね」


 ……本当はこのゲームがリリースしたその瞬間から存在してるけど。


「初心者なんてさしぶりだな……。そっか、サービス終了するからキッズにはお手頃な値段になってるわけね……」


 そうブツブツつぶやき、獣人はにんまりと笑う。


「じゃあお姉さんがイイコト教えたげるっ。ほら、こっちこっち」


 獣人は僕の襟首えりくびつかんでひきずっていく。その先にはボロボロな方の武器屋【剣商 矛盾】。


 ああ……逃れられない……。

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