運命との戦い 終の方角へ

 空が分厚い雲により、日が陰りだした。いまだ衰えない侵攻に戦士たちは疲弊を露わにしていく。死者こそいないものの、重症者や戦闘不可能な者達も増えてきている。この戦況を見て、この戦線を放棄し、里内への市街地戦へと切り替える準備を進める。




『一体、どれだけくるんだ……これではまるで……我々を滅ぼす意思があるかのようではないか』




指示を飛ばし、前線で戦う者達にも撤退のタイミングを伝達する。そんなリアベルの鼻頭びぽつりと一滴のしずくが落ちる。上を見上げると黒い雲が戦場を覆ている。




「ついに来たか……もう少し持ってほしかったが」




そのつぶやきは、突然降り始めた雨に吸い込まれていく。


ザーザーと降り始めた雨はたちまち地面を濡らし、ぬかるみを作る。前線で戦う者達の先頭に精彩さが欠け始めた。それでも、魔獣に後れを取らず戦えているのは、彼らの訓練の賜物といえるだろう。




「全員ケツに力籠めろよ!ぬかるみに足取られて転んでみろ!魔獣の餌まっしぐらだぞ!」


「「「おう!」」」




ガルニが騎士たちを鼓舞する。それに呼応するように、騎士達の動きもわずかに良くなった。




「撤退まで意地でも耐えろ!無暗に突っ込んで孤立するなよ!ここでせん滅する必要はない!市街地戦の準備ができるまで持ちこたえろ!」


「「「おう!」」」




そんなガルニのもとに、若い騎士を先頭にエルフの兵士数名が叫びながら走ってくる。




「伝令!伝令!」


「キッドか!」


「ガルニ隊長!市街地戦の準備が整いました。エルフの皆さんの魔法攻撃後一斉後退。殿は我々が努めます!」




キッドは震える手で剣を握り、戦線に参加する。




「なっ君たちがか?」




見ると来たのは騎士は若い者たちばかりだ。エルフの兵士たちも心なしか若く見える。




「はい!」


「それは……いや……そうかまともに動けるのが……」


「はいもう殿を務められるほどの体力が残っているのは我々のみです」


「分かった君たちに託す。だが最後尾は私に任せてもらおう」


「隊長!」




キッドが抗議の声を上げるもガルニは首を振る。




「私は君たちを一人残らず連れて帰る。それが私の隊長としての責務だ。それに、伊達に三十年もこの職に就いていない。まだまだ体力に余裕がある」




ニカッと笑うガルニに、キッドは頷くしかない。そこに、本陣側から大きな火花が上がった。魔法攻撃の合図だ。ガルニは即座に声を張り上げた。




「撤退!撤退!撤退!」




その声を皮切りに、前線は後退していく。




「君たちは逃げ遅れている者がいたら、抱えてやってくれ」


「隊長!何を!」




それだけ告げると、ガルニだけ魔獣の群れの方に向き直った。ガルニだけ突出する形になり、そこに魔獣が群がり始めた。




「アミル王国騎士団!第三騎士団団長!ガルニ・ルクセン!魔獣程度に負けはせんわぁ!!」




ガルニの雄たけびと共に、魔獣の大群は魔法攻撃の雨の中に消えていった。






 戦場全域に響いたガルニの雄たけびは本陣のリアベルにも届いていた。彼が何をしたのか察したリアベルは、目頭を押さえ俯く。




「あとは任せる。私が戻るまで指揮を頼んだ」




リアベルは副官にそう告げると、制止も聞かず飛び出した。






 魔法攻撃の土煙が晴れるとそこには魔獣の死体が並ぶ。キッドとルナリアはガルニの姿を探す。




「キッド君もって後数十秒よ、また次の波が来る」


「はい!それまでに必ず!」




すると、魔獣の体がむくりと起き上がる。すぐにルナリアとキッドは剣を抜き、戦闘態勢に入る。




「ぬん!」




気合を入れる声と共に魔中の体が宙へと投げられた。




「隊長!」


「心配かけたな!」




鎧の半分が焼失し、体から血を流しながらもニカッと笑う。




「あなたのとこの隊長どうなってんのよ……」




半ば呆れた表情のルナリアはその耳で次の波を捉えた。




「とにかく急いでいきましょう!」


「隊長肩貸します」


「大丈夫だ行くぞ!」




ガルニは剣を拾い、本陣を目指す。そんな三人のもとにリアベルが合流した。




「ガルニ殿!?よかったご無事……というわけでもなさそうだが」


「ハッハッハ少し無茶したわ」


「生きており、なによりだ」


「心配をおかけした」




四人は順調に本陣を目指す。目前というところまで来たところで、けたたましく鐘の音が鳴る。




「次の波が来た!リアベルさんたち!いそげぇ!」




見張り台にいたエルフがリアベルたちに向かって叫ぶ。振り返ると樹海の闇からまた多種多様な魔獣が


出てくる。その数がにキッドは顔を青くした。




「ウソ……」




ルナリアのつぶやきが、皆の気持ちを代弁していた。




「今までよりも多い……」




より多くの魔獣の波が里を呑み込もうと迫りくる。




「キッド、ルナリア殿行ってくれ」




リアベルとガルニが振り返り剣を構える。




「君たち二人は里へ行き、全住民、全兵士に伝えなさい。里は放棄。少しでも里から遠くへ逃げろと」




ルナリアとキッドが立ち止まる。




「「行け!」」




その光景が前の世界とリンクする。




「リアベル殿貴君と戦えること誇りに思うぞ」


「こちらこそ貴方と死力を尽くせること光栄に思います」




そういって魔物の群れへと向かって走り出した。キッドは力が抜けへたり込む。




「僕たちでは無理なのか」


「まだ負けてない!」




ルナリアはキッドの体をグイッと引いて立ち上がらせる。




「あの時、失われた命を少しでも多く救うの!」




ルナリアは涙をこぼしながら、里へとキッドを引っ張っていこうとする。




「このままじゃ、前以上にひどいことになるわ!」




その言葉に、キッドはハッとなる。前の世界で死んでいった仲間はまだ生きている。少しでも運命に抗うため二人は里へと走りだした。










ドゴォォォン








ガルニとリアベルが向かった方で轟音が響く。思わず振り返ると、ガルニとリアベルが立ち尽くしていた。その奥には魔獣の群れが見える。なぜか魔獣の群れも立ち止まっていた。ちょうど群れとガルニたちの中間地点で土煙が上がっている。いつの間にか止んでいた雨、そして、雲の切れ間から差してきた日の光が土煙を照らす。




「お~びっくりした~」


「ここまで飛ばされるとは思ってなかったな」




場にそぐわない緊張感のない声、その声は目の時間で聞いたあの二人の声だ。二人は思わず大声で呼びかける。




「「誠さん!徹さん!」」




土煙が晴れ、人影がこっちを振り向く。見慣れた野蛮人のような恰好で手を振っている。




「「おお!キッド!ルナリア!」」




二人は魔物の群れを気にもせず、再会を喜んだ。




「君たちはいったい……」




リアベルが二人に声をかけた。




「お?あんたリアベルさんか?」


「隣にいるのはガルニさんかな?ボロボロだけど大丈夫か?」


「なぜ我々の名前を……」




問いかけに答えることなく、誠はガルニを担ぐ。あまりにも軽々と持ち上げられ驚愕するガルニをよそに、リアベルと共にキッドたちの下へ駆け寄った。




「悪いな遅くなった」




誠がガルニを下ろしながら謝罪する。




「道に迷ってたんだ。全方位に魔獣が逃げ出しちまったからよ」


「あとは俺たちに任せてくれ」




そういうと、二人は魔獣の群れへと相対する。




「ようやく本星だ。行けるか?徹」


「もちろんだ。営業の外回りで鍛えた足腰みせてやんよ」


「無茶だ!あの数を二人でなんて!」




リアベルが止めようとするが、二人はサムズアップする。




「「大丈夫!」」




そういって笑う二人に、リアベルは何も言えなくなる。




「さぁ、異世界の魔獣共よ」


「弱肉強食のその精神」


「「御指南願おうか!」」




勢いよく走り出した二人に、イノシシの魔獣が突進してくる。その様子を見るや否や誠が前に出る。自分の何倍も大きい魔獣、真正面から受け止めた。牙を掴み、地面に踏ん張る。わずかに後ずさりする物のイノシシの勢いを殺し切った。




「「「は?」」」




ルナリア素手で魔獣を止めた誠に、驚愕し、口を開けたまま成り行きを見守るしかできない。牙を掴まれ、自由を失ったイノシシは逃れようとジタバタと暴れるが、誠がさらに力を入れると、その巨体が浮き上がった。




「ぬん!」




さらに気合を入れると、誠はイノシシを上に放る。同時に徹が誠の肩を蹴り、真上に跳ぶ。まるで風船のように舞い上がったイノシシは背後に殺気を感じた。徹がイノシシに向けて拳を振りかぶっている。




「【脳筋闘法 行け!モンスターピンボール】!」




イノシシに徹の拳が勢いよく突き刺さる。イノシシは一直線に魔獣の群れへと飛んでいく。イノシシは群れの中をピンボールのように跳ねまわり、多くの魔獣を巻き込んで息絶えた。その様子に開いた口がふさがらないルナリアたち。加勢に入ろうとしたリアベルですら剣に手を置いたまま呆然としている。魔獣の群れすら固まって二人をみる。




「ん?」


「どうした?来ないのか?」




二人の口が三日月状に避ける。そこで魔獣たちは理解した。自分たちが樹海から逃げ出す原因となったモノがの二人だということを。




「「では、こちらから行くとしよう!」」




魔獣の群れに飛び込む二人、魔獣たちは自分の運命を悟った。

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