運命との戦い 第一手

 ルナリアは、ふと気づくと見張り台にいた。目の前には、昼間だというのに漆よりも黒い闇をはらむ樹海が、広がっている。寝ていたというには奇妙な違和感が自分を襲う。つい先ほどまで別の光景を見ていたような気がする。そんな違和感を抱えながらぼんやりと樹海を見る。




「どうした?顔が真っ青よ?」




隣にいた、エルフに声をかけられる。




「え?」




声をかけてくれたエルフに目を向ける。その顔を見た瞬間、自分の体全身に鳥肌が立つのを感じた。




「何よそんなお化けでも見たような顔して。具合悪いなら降りて誰かと後退してらっしゃい」


「いや、そういうわけじゃな……いんだけど。ねぇキリア?私寝てた?」


「はぁ何言ってんのよ。ずっと樹海を監視してたじゃない。あんたが双眼鏡つけたまま寝れる特技でも身に着けたんじゃなきゃ寝てないわ」




ルナリアの質問に、監視を続けたまま、見もせずに答える。




「そうよね」


「ほんとに大丈夫?異変のこともあるし、体調悪いなら無理しちゃダメよ」


「異変?」


「ウソでしょ?忘れたの?」




キリアが双眼鏡から目を離し、ルナリアに向き直る。その目はルナリアの目を捉えた。




「樹海での発光現象よ」




頭の中で発光現象という言葉が反芻されて、水琴錫のように響く。同時に脳裏には、同士討ちする仲間たち、おぞましい魔獣、命を懸けて自分たちを逃がすリアベルとガルニの姿。そのすべてが走馬灯のように流れていく。そして最後、使徒を名乗る二人と若い騎士、そして自分が拳を合わせている光景が鮮明に浮かび上がった。




「発光……発光!!」




ルナリアのキリアの顔を再度見た。そして思い出す。




『魔獣の侵攻があるのは……今日だ!』


「キリア!今何時?!」




ルナリアはキリアの襟をつかんで揺さぶる。




「あばばばば、急に何よ!あんた本当にどうしちゃったのよ」


「いいから!今何時!」


「ええっと、確か今、日の四の刻かしらね。さっき鐘が鳴ったから。そろそろ交代も来るんじゃない?」


「まずい」




ルナリアは焦ったように樹海を見る。双眼鏡を使い深部の方を注視する。




『前の侵攻は日の落ちかけた頃だった。深紅の空が、より一層恐ろしさを際立てててたのを覚えてる。夕闇と監視の交代のタイミングで、侵攻に気づくのが遅れたんだ。今が四の刻なら、日が落ちるまであと、二刻ほど時間がある。あの時の侵攻には、樹海深層で見た魔獣も交じってた。ということは、あの大侵攻は深層から始まったんだ。深層からここまでたどり着くには時間がかかる』




ルナリアは、キリアがルナリアに呼び掛ける声も耳に入らないほど、集中して考え続けた結果、ある結論を導き出していた。




『大侵攻はもうすでに樹海内で始まっている』




ルナリアは血眼で探す。大侵攻の痕跡、ここが運命の分岐点であると信じて、里を守るため、そして、あの残酷な未来を変えるため、ルナリアは双眼鏡を覗き続けた。




「あんた今日おかしいわよ、本当にどうしたのよ」




キリアが、様子が変なルナリアを心配し手を伸ばす。ルナリアは気づかずに、樹海を見つめる。そして、キリアの手が触れそうになった時、双眼鏡の端で鳥が一羽飛び立った。その鳥を見て、ルナリアが声を上げた。キリアは驚いて手を引っ込める。




「今度はなに!?」




おかしな行動を繰り返す友人に、苛立ち交じり呼びかける。




「ギーグが飛んでる!」


「なんですって!」




ギーグとは、樹海中層に住む鳥型の魔物だ。あの鳥は樹海内で狩りをしており、中層の支配者と呼ばれるほど戦闘力が高い。中層には天敵もいないため、めったに樹海上空まで飛び出さない。しかし、まれにギーグが樹海上空に飛び出るときがある。それは、あることを示していた。深層の魔物の移動である。本来であれば、樹海の生態系の変化の兆しで済む。中層の生態系が変わり、表層の魔物が多少押し出されてこちらに来るかもしれない程度の変化だ。




「やっぱり深層で何かあったのね。生態系の変化なんて、何十年ぶりかしら……ルナリア!何してるの!」




ルナリアは、見張り台に付属している鐘を鳴らそうと撞木を握っている。




「キリアごめん……事情は後で話すから」




そういって、ルナリアはけたたましく鐘を鳴らした。鐘は緊急事態の合図。三二二のリズムでならされる合図は、魔獣の大規模侵攻を意味する。これは、エルフの掟では軽率に鳴らしてはいけないものであり、本来は、見張りが隊長クラスの者を呼び、その者が侵攻の予兆を確認できた時に初めて鳴らすことのできる警鐘だ。この掟を破るといたずらに里を混乱させたとして、重い刑に処される。それはルナリアも知っていた。止めようとするキリアを振り払いながらルナリアは鳴らし続ける。近くに来ているであろう騎士団の少年に、樹海深部にいるであろう、あの使徒たちに届くよう祈りながら。

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