使徒

 徹がラーメンのスープを啜る。




「ぷは~うまかった」


「マジで許さんからな」




満足そうに腹をさする徹を睨みつけながら、誠は卵かけごはんを掻っ込む。




「いいじゃねぇか。店には結局いけなかったんだから。それよりお前、最期の晩餐が卵かけごはんって質素過ぎない?」


「うるせー!唯一米かっ込めるのが、これしかなかったんだよ!」


「生卵も向こうで食えるかわからんもんな~」




徹が卵かけごはんを見つめている。そんな視線に気づいた誠は、さらにハイペースで胃の中にしまい込んだ。




「あの、そろそろいいですか?」




すっかり空気なメルクリスが湯呑みを置いて手を上げる。




「あ、そういえば頼みたいことがあるとか言ってましたね」




徹と誠が居住まいをただしメルクリスに向き直る。




「まず、ガイアランスについて説明しますね」


「「お願いします」」




メルクリスがコホンと少し咳払いをすると、いつの間にか現れていたホワイトボードに自然豊かな異世界の情景が映される。




「ガイアランスは、お二人の考えている剣と魔法のファンタジー世界と考えていただいて構いません。エルフ、ドワーフなどの多種多様の種族が、様々な国を作りそれぞれの生活を営んでいます。もちろん、人族もいますよ?ガイアランスは三界に分かれており、地上、天界、魔界です。まぁこれに関しては、天界は天国、魔界は地獄のようなものだと思ってください。生きている者は、基本的に魔界にも天界にも行くことはできません。お二人にはもちろん、この地上で活動してもらいます」




メルクリスが、どこから取り出したのか指示棒を片手に解説する。徹たちは、うんうんと頷きながら真剣に聞いている。




「地上で生きるものはギフトというものを持っています。これは、日々の生活や修練を積むことによって獲得することができます。剣を振り続ければ剣術、農業に従事していれば農業関連といったものです。獲得するとその事柄が、より得意になります。剣を振る速さが少し上がったり、相手の攻撃を読めるようになったりですね。強力なギフトほど、過酷な修練を経なければ獲得できません」




メルクリスの説明を聞いた徹が、手を上げて質問する。




「剣術のギフトを獲得したら、ほかのギフトは取れないんですか?」


「いえ、剣術のギフトを獲得しても、ほかのギフトを獲得することも可能ですよ?剣術槍術の二つのギフトを持ってる方もいますし、ただ、極めるのであれば、一つのことに限定することをお勧めします。さっきも言った通り、ギフトは相応の修練が必要ですから。多くに手を出してもすべてを極めることはできません。特に人は寿命が短いですから……まぁ長命種の中には多岐を極めてる子もいますけどね」




メルクリスが少し遠い目をしている。




「あとは、この世界にはない魔法についてですね。魔法は魔力を媒介に自然現象、超常の存在に干渉する力です。これには進化の自由度を持たせているので、地上で多岐に発展しています。詳しくは魔法神の管轄なのでざっくりと説明しますね。基本的には、風、火、水、土、雷、光、闇、無があり、それをかけ合わせて新系統が生まれたり、突然新系統ががポッと出てきたりしていますね」




魔法の話が出て、二人は少年のように目を輝かせて聞いている。




「無は何ができるんですか!メルクリス先生!」




誠のテンションが以上に高い。そんな誠に少し引きながらメルクリスが説明を続ける。




「無はほかの属性に分類できないものの総称ですね。召喚術とか身体強化とか。錬金術なんかもここに入ります」


「「うおぉぉぉぉお」」




二人のテンションがが最高潮になって叫び声をあげると、壁からドンという音が鳴った。




「えーと、魔力についてですが、お二人にはすでに魔力があります」


「「え?マジで?」」




そういって二人は手のひらを前に突き出す。




「「ファイヤァァァァア!ボォォル!」」




ドン!!!




同時に言い放つも、帰ってきたのは隣の住人からの壁ドンだった。二人は捨てられた犬みたいな目でメルクリスを見る。そんな視線を受けて思わずたじろぐメルクリスは、説明を続ける。




「そんな目で見ないでくださいよ。この世界では、魔法が世界のシステムから完全に無くなっているから使えないんです。それにお二人の魔力もかなり少ない。魔力は日常的に魔法を使って空にすることで増えていきます。ただ魔力切れになると、強烈な頭痛とめまいが起こるので安全の確保できる場所でやってくださいね」


「「おぉー!」」




二人の目にまた輝きが戻る。メルクリスによるガイアランスの説明はその後、一般的な社会構造の話が続き、宗教、種族の特性と事細かに説明してくれた。




「これで説明は終わりです。何か質問はありますか?」


「そこで俺たちは何をすればいいんですか?」




誠の質問にメルクリスの顔が曇った。




「先ほど魔法は地上で多岐に発展しているといいましたね。その発展の中で、【異世界人召喚】が生まれてしまったんです。しかもなぜか、召喚された者は皆強力なギフトをすでに所持している。そして彼らの多くは【勇者】と呼ばれるのですが、彼らが好き勝手するせいで様々な問題を起こしています。このままでは世界の均衡が崩れかねない。お二人にはこの勇者たちを止めていただきたい」


「止める?」


「手段は問いません。説得するもよし、捕縛するもよし、最悪……」




メルクリスが言い淀んだ続きの言葉を、徹と誠は察した。




「殺せってことか」


「はい……」




顔を伏せたメルクリスの方に誠と徹が手を置いた。




「優しいな。神様は」


「俺たちに任せな!」




顔を上げたメルクリスの目には笑顔でサムズアップする二人が映る。




「しかし……」


「要は、力もって調子乗ってるガキども叱ってやめさせりゃいいんだろ?」


「おじさん達そういうの得意だからよ!任せろ!」




二人の冗談交じりの言葉にメルクリスがクスリと笑う。




「なんですか……それ……」


「勇者たちも望んできたわけじゃない。勝手に連れてこられて、こっちの事情で殺されたんじゃ不憫だってんだろ?」


「はい……そうです。彼らも来たくて来たわけではありませんから。全員が、とは言いませんが、無理やりだったり、騙されていてやっている勇者もいます。」


「元の世界に戻すことは?」




誠の質問にメルクリスが静かに頷く。




「できます。ただ、本人の了承が必要なんです。しかし、それを聞くためには天界へ来てもらわなければならない」


「死ぬしかないのか」


「はい、ですがお二人を通してであれば、地上でも了承を聞くことができる」




そういうとメルクリスが光の玉を二つ出す。




「これは私の一部。これを渡すことで、お二人を介して勇者を送還することができます」




メルクリスが二人を見る。




「お二人には私の使徒として、勇者を送還するお手伝いをしていただきたい」




メルクリスは深々と頭を下げた。




「お願いします」




誠と徹はそれぞれに光を受け取り、屈託のない笑顔で告げる。




「「任せろ!!」」




二人の答えとともに、また部屋の壁がドンッと叩かれる。しかし、もう部屋の中には誰もいなかった。残されたカップラーメンの容器が、音もなく机から落ちた。


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