第21話 英雄の剣より、Fランクの指揮棒

洞窟の入り口に、重苦しい沈黙が落ちていた。

 破ったのは、勇者アインの絶叫だった。


「ふざけるな! こんなの無効だ!」


 アインは、得点板の【-1500】という数字を指差して喚いた。


「これは『魔物討伐』だぞ!? 魔物を倒した速さなら俺たちが勝っていた! 途中の壁がどうとか、そんな細かいことで俺の勝利を無かったことにする気か!」


 アインの取り巻きたちも同調する。


「そうだ! 勇者様は魔物を全滅させた!」


「たかが石ころが割れたくらいで!」


 ……石ころ、か。

 俺はため息をつき、一歩前に出た。


「アイン。お前のその理屈、街中でも同じことが言えるか?」


「あ?」


「今回の洞窟を『王都の市街地』、水晶を『民家』に置き換えてみろ」


 俺は、瓦礫の山となった洞窟の入り口を親指で示した。


「お前は、強盗一人を捕まえるために、民家を十軒爆破したんだ。しかも、住民ごと」


 アインが言葉に詰まる。


「それを『速く解決したから俺の勝ちだ』と言って、市民が納得すると思うか? 石ころじゃない。お前が壊したのは『守るべき対象』そのものだ」


 俺の頭の中に、赤い注釈が浮かぶ。


 ――勇者の思考バグ。

 ――「敵を倒せば全て正当化される」という古い仕様。

 ――現代の複雑なクエスト要件(防衛・保全・隠密)には非対応。


 時代遅れだ。 


 ただ強いだけの勇者は、もうこの国では通用しない。


「……詭弁だ!」 


 アインは顔を真っ赤にして剣の柄を握った。


「俺は勇者だ! 選ばれた存在だ! Fランクの

落ちこぼれに説教される筋合いはない!」


「そこまでですわ」


 冷ややかな声が、アインの熱を断ち切った。

 リリアーナ王女だ。

 扇子をパチリと閉じ、その青い瞳でアインを見据えている。


「見苦しいですわよ、アイン殿」


「お、王女殿下……しかし……」 


「レオン様の言う通りです。わたくしが求めたのは『守る力』。あなたはそれを軽視し、破壊の限りを尽くした」


 王女は、俺たちの方に向き直った。

 その表情が、パッと花が咲いたように明るくなる。


「それに比べて、彼らをご覧なさい! Fランクのスキル……一見役に立たないと思われていた力を組み合わせ、完璧な成果を出しました!」


 王女は、カナの足元にいるミミック箱を指差した。


「罠を食べる箱! 壁を抜ける正義の魔法! そして、全てを包み込む過保護なポーション! どれ一つ欠けても、この奇跡は起きませんでしたわ!」


「えへへ、テツ褒められたよー」


 カナがテツの頭を撫でる。テツは「グルル」と嬉しそうに蓋を鳴らした。


「よって、この勝負……相談所チームの完全勝利とします!」


 わあっと歓声が上がる。

 近衛騎士たちが、そして遠巻きに見ていた貴族たちが、惜しみない拍手を送ってくる。


 ルナが魔導具を掲げる。

 コメント欄は、もう文字が読めないほどの速度で流れていた。


《完全勝利!》

《Fランクすげえええ》

《勇者ドンマイ》

《これからは相談所の時代だな》


「くそっ……くそっ……!」


 アインは、わなわなと震えていた。

 プライド。名声。そして王家の信頼。

 彼が持っていたものが、ガラガラと崩れ去っていく音が聞こえるようだ。


「……行くぞ」


 アインは、絞り出すような声で仲間を呼んだ。

 もう、これ以上ここにいられないと悟ったのだろう。


「覚えてろよ、レオン……! この借りは、いつか必ず……!」


 捨て台詞すら、どこか弱々しい。

 アインたちは逃げるように去っていった。


 その背中を見送る俺たちの胸には、かつてのような「見返してやりたい」という焦りは、もう微塵もなかった。 


「……勝ちましたね」


 ユノが、静かに言った。 


「ああ。完勝だ」


 俺は、隣の剣士を見た。

 彼女の黒い瞳は、晴れ晴れとしていた。


「もう、誰も私たちを『落ちこぼれ』とは呼ばないでしょう」


 ◇


 後処理を終え、俺たちが帰ろうとした時だった。


「お待ちになって!」


 リリアーナ王女が、ドレスの裾をつまんで駆け寄ってきた。


 後ろの近衛騎士たちが「殿下! 走らないでください!」と慌てている。


「レオン様! 皆様!」


 王女は息を切らせながら、目をキラキラさせて俺たちを見上げた。


「素晴らしい戦いでしたわ! わたくし、もう大ファンですの! 推しますわ!」


「推すって……ルナの配信用語、覚えちゃいましたか」


 俺が苦笑すると、王女は頬を染めて懐から一枚のカードを取り出した。 


 純金でできた、重厚なカードだ。王家の紋章が刻まれている。


「これを受け取ってくださいまし!」


「これは?」


「王家直通のパス……兼、わたくしの『特別会員証』ですわ!」


 王女は胸を張った。


「今後、何か困ったことがあれば……いえ、なくても! いつでも王城にいらしてください。わたくし、あなた方のスポンサーになりますわ!」


 スポンサー。

 つまり、王家の財布がバックについたということだ。 


 俺の頭に、赤い注釈。


 ――資金難の恒久的解決。

 ――権力的後ろ盾の獲得。

 ――副作用:王女の「推し活」に付き合わされる可能性大。


「……謹んで、お受けします」


 断る理由はない。

 俺がカードを受け取ると、王女は「キャー!」と小さく叫んで、ルナの方へ向いた。


「ルナ様! 今度、わたくしとのコラボ配信もお願いしますわね! 『王女がミミックに餌をあげてみた』とか、バズりますわよね!?」


「あはは……企画しておきます」


 ルナが引きつった笑いを浮かべる。

 どうやら、最強のパトロンは、最強に騒がしい顧客になりそうだ。


 ◇


 その夜。《つぎはぎ亭》の看板が、少しだけ書き換えられた。


 【王家御用達・クソスキル活用相談所つぎはぎ亭

 ユノが筆を置き、満足そうに頷く。


「うん。箔がつきましたね」


「字面(じづら)のインパクトが強すぎるけどな」


 俺は店の中から、その新しい看板を見上げた。

 テーブルでは、カナとメイリとフィオが、王女から貰った高級菓子を山分けしている。


 セレスは、新しい通帳の数字を見てニヤニヤしている。女神との通信も、今日は心なしか弾んでいるようだ。


「レオンさん」


 ユノが、カウンターの俺の隣に座った。


「勇者パーティ、どうなるんでしょうね」


「しばらくは大人しくするだろ。王女に睨まれたんだ、仕事も減るはずだ」


 俺はグラスを磨きながら言った。


「ざまぁ、完了だな」


「ふふ。そうですね」


 ユノは笑った。でも、すぐに真面目な顔になる。


「でも、これで終わりじゃないですよね」


「ああ。むしろ、これからだ」


 俺は、窓の外の夜空を見た。

 北の空。魔王領がある方向だ。


「俺たちが目立てば、当然、向こう側も気にするはずだ。王都の新しい戦力……それも、勇者とは違う『異質な力』を持った集団をな」


 勇者は倒した(社会的に)。

 だが、世界にはまだ、仕様の穴(バグ)のような問題が山積みだ。


 魔王。魔族。

 そして、まだ見ぬクソスキルたち。


「忙しくなるぞ、ユノ」


「望むところです」


 ユノは、自分の腰の剣に手を添えた。


「だって私、まだハッピーエンドの書き換え方を覚えたばかりですから」


 《つぎはぎ亭》の灯りは、夜遅くまで消えなかった。


 勇者の剣よりも鋭く、魔法よりも自由な「指揮棒」を振るうFランクたちの物語は、ここから第2章へと進んでいく。

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