ぼくの雨露霜雪

春咲

第1話 梅雨

九月中旬、僕は通学路を歩いていた。

ビニール傘から雨粒がぽたぽた落ちている。

風が冷たい。制服の裾が少し濡れる。


今日は秋雨が降っている。





僕はたぶん、雨男だ。

六年生の時の修学旅行だって雨が降っていた。君と帰るときも、いつも雨になってしまう。そんなのを君は「可笑しいね」って笑って薄紫色の傘をくるっと回した。

「ねえ知ってる?雨のあたたかさって、自分の気持ちで変わってくるんだよ。」

最初は何を言ってるのかなと理解できなかった。でも本当に雨に温度はあるんだね。気持ちに左右されるあたたかさが。と、今なら思う。

冬が近いからかな、雨は少し冷たい。降ったり止んだりと落ち着かない天気。

時雨だろうか。透明で色のないビニール傘を回すと雨粒がぱらっと地面に落ちる。やっぱり、君はもう、ここにいない。

その日は六月、丁度梅雨時だった。

これは偶然だったのだろうか。それとも、必然だったのだろうか。君がこの日散ったのは、運命だったのだろうか。視界が悪かった。スクールバッグを肩にかけ薄紫色の傘を差していた君は、僕より少し前を歩いていた。普段なら君と朝の登校時間が被ることはない。けれどこの日は早く起きてしまっていた僕。雨の中走るのもな、と思いただ背中を眺めてゆったり水溜まりを踏んでいた。

君の後ろ姿が好きだった。顔を見なくてもニコニコ笑っているのがわかるくらい、眩しかったから。そのことはいつもの「日常」というパズルの1ピースになっていた。

ほんの一瞬で、その日常が壊れるまでは。

この一瞬で、日常のかたちはがらりと変わってしまった。


傘の骨は無残に折られ、水溜まりがじわっと染まっていく。ヘッドライトのついていない車から運転手が降りてくる。しばらくしてサイレンが聴こえてきたけれどもう間に合わないということを悟る。

もう、遅い。打ちどころが悪いのは、見ればわかったから。

梅雨時相変わらずの天気、僕はショックを受けたときの「健忘」で君の顔と名前を思い出せないでいる。

おぼえているのは、その日の雨の匂いだけ。

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