EP 10

ギャラ飲みとデフォルト宣言

​ ラストライブの興奮冷めやらぬ深夜。

 ナグモ領の廃墟――芸能事務所の社長室は、王都の高級クラブのような煌びやかな空間に変貌していた。

​「さぁみんな! 今日はとことん飲むぞ! シャンパンタワーだ!」

​ 俺は上機嫌で、積み上げられたグラスの頂点から、最高級のシャンパン(ユア経由で取り寄せたドンペリ級の代物)を注ぎ込んだ。

 黄金色の液体が滝のように流れ落ち、グラスを満たしていく。

​「カンパーイ!!」

​ グラスが触れ合う音が心地よい。

 テーブルには、約束通りルナのための『王都有名店のケーキ全種類』と、ワイガーのための『A5ランク和牛のステーキタワー』が並んでいる。

​「はふぅ……幸せですぅ……! 生きてて良かったですぅ……!」

「肉だ……! とろける脂だ……! うめぇぇぇ!!」

​ ルナとワイガーが感涙にむせびながら貪り食っている。

 そしてソファには、ドレスアップしたユアとリカが、優雅にグラスを傾けていた。

​「お疲れ様、プロデューサーさん♡ 最高のステージだったわ」

「ま、悪くなかったんじゃない? 売上も過去最高だし」

​ 美女二人に囲まれ、俺は有頂天だった。

 目の前には、今日のライブでの収益――金貨500枚の山が鎮座している。

 これだけあれば、全ての経費を払ってもお釣りが来る。

​「よし! それじゃあ約束通り、ギャラの精算といこうか!」

​ 俺は金貨の山に手を伸ばした。

 まずはルナとワイガーへの現物支給(食費)を除き、ユアへのボーナス50枚を……。

​「ストップ」

​ ユアが冷ややかな声で俺の手を止めた。

​「恭介。精算なら、あたしたちの方でやっておいたから」

​「え?」

​ ユアとリカが顔を見合わせ、ニッコリと微笑んだ。

 その笑顔は、獲物を前にした捕食者のそれだった。

​「はい、これ請求書」

​ 二人が同時に、分厚い羊皮紙をテーブルに叩きつけた。

​「まずはあたしからね」

​ ユアが淡々と読み上げる。

​プロデュース料・MC出演料:金貨30枚

​約束のボーナス:金貨50枚

​会場設営費・照明機材(魔法石)レンタル代:金貨80枚

​本日のケータリング代(シャンパンタワー含む):金貨40枚

​借金残高に対するトイチの利息:金貨50枚

​「しめて、金貨250枚ね」

​「に、250枚!?」

​ 俺は悲鳴を上げた。

 売上の半分が一瞬で消えた。

 だ、だがまだ半分ある。残り250枚あれば、なんとか……。

​「あら、私の分を忘れてない?」

​ リカが妖艶に指を振る。

​「私の請求書はこちらよ♡」

​『お姉さん割引・使いたい放題プラン』月額:金貨100枚

​センター出演料・特別ボーナス(ドレス代):金貨50枚

​オプション利用料(『推しの囁き』×100回分):金貨100枚

​深夜の『恋人ごっこ』延長料金・深夜割増:金貨50枚

​「しめて、金貨300枚よ♡」

​「さ、300枚ぃぃぃ!?」

​ 俺は計算した。

 ユアの250枚 + リカの300枚 = 合計550枚。

​ 手元の売上、500枚。

​「た、足りない……」

​ 俺の顔から血の気が引いた。

 過去最高益を出したのに。あんなに働いたのに。

 自分が使い込んだオプション料金(推し活)と、ユアの高利貸しスキームのせいで、収支がマイナスになっている。

​「あらら? 足りないわよ、プロデューサーさん?」

​ リカが悲しげに眉を寄せる。

​「恭介。これって、まさかの……」

​ ユアが残酷な単語を口にした。

​「デフォルト(債務不履行)?」

​「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

​ 俺は頭を抱えて絶叫した。

 会社の倒産だ。

​「仕方ないわねぇ。ある分だけ回収していくわ」

​ ユアとリカが、テーブルの上の金貨500枚を、魔法のように次々と懐に入れていく。

 俺の汗と涙の結晶が、右から左へ、姉妹の財布へと還流されていく。

​「まいどあり〜」

「ごちそうさま、恭介くん♡」

​ 一瞬でテーブルの上は空になった。

 残ったのは、空のシャンパンボトルと、まだ足りない金貨50枚分の借用書だけ。

​「美味かったぁ! 肉最高!」

「ケーキでお腹いっぱいですぅ〜! 幸せ〜!」

​ 何も知らないワイガーとルナが、満腹で幸せそうに寝息を立て始めた。

 ユアとリカは、「じゃ、エステ行ってくるねー」と手を振り、夜の闇へと消えていった。

​ 広い廃墟のホールに、俺一人だけが取り残される。

​「……なんだったんだ、この数週間は」

​ 俺は床に落ちていた誘導灯(サイリウム)を拾い上げた。

 スイッチを入れると、虚しく緑色の光が灯る。

​「うぅ……うっ……」

​ 俺は誰もいないステージに向かって、涙を流しながらサイリウムを振った。

​「リカちゃぁぁぁん! 好きだぁぁぁぁ! 金返せぇぇぇぇ!!」

​ ナグモ・プロダクション、倒産。

 南雲恭介の借金生活は、リセットされるどころか、さらに深く、暗い沼へと沈んでいったのだった。

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異世界転生×ユニークスキル【電話】で無双する!? 月神世一 @Tsukigami555

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