EP 9

解散危機とラストライブ

​ 社長室での背徳的な遊興(推し活)から一夜明け。

 ナグモ・プロダクションに激震が走っていた。

​「ジャーマネぇ……。私、もう疲れましたぁ」

​ レッスンスタジオで、ルナがペタンと座り込んだ。

 彼女の目からハイライトが消えている。

​「毎日毎日、踊って歌って、魔法でレーザー出して……。もう魔力がすっからかんですぅ。実家に帰って、のんびり光合成したいですぅ……」

​「ル、ルナ!? 何を言ってるんだ! 君はビジュアル担当だぞ!?」

​「あたしも限界」

​ ユアが冷ややかな声でタオルを投げ捨てた。

​「プロデューサーがアレじゃねぇ……。モチベ上がんないし。ソロ活動(デイトレ)に専念したいんだけど」

​「お、お前まで……!」

​ 二枚看板の離反。

 俺は顔面蒼白になった。

 彼女たちがいなくなれば、ナグモ・プロは崩壊する。そうなれば、俺が使い込んだ会社の金の穴埋めもできなくなり、文字通り破滅だ。

​「ま、待ってくれ! 頼む、考え直してくれ!」

​ 俺は床に土下座した。プライドなんてとっくの昔に捨てている。

​「あと一回! あと一回だけでいいから、デカいライブをやらせてくれ! それを『解散ライブ』にしてもいい! だから……!」

​「えー? やる気出ないなぁ」

​ ユアが爪を見ながら言う。

 俺は懐から、最後の切り札(口約束)を切った。

​「ボーナスを出す! 今回のライブの収益から、特別ボーナスを支給する!」

​「……いくら?」

​「ユアには金貨50枚! ルナには『王都の有名パティシエのケーキ食べ放題権(貸切)』だ!」

​「「乗った!!」」

​ 二人が即答した。現金な奴らめ。

 そして、鏡の前でメイクをしていたリカが、鏡越しに俺を見た。

​「あら、恭介くん。私のボーナスは?」

​「り、リカ姉さんには……『特注のオートクチュール・ドレス』を……!」

​「うふふ、分かってるじゃない♡ 頑張りましょうね、プロデューサーさん」

​ ――言っちまった。

 金貨50枚、貸切ケーキ、特注ドレス。

 破格の条件だ。だが、今回のライブで過去最高の売上を出せば、ペイできるはずだ。

 そうしなければ、俺は死ぬ(社会的に)。

​          ◇

​ そして迎えた、『ナグモ・アイドルユニット ラストライブ』当日。

 会場となったナグモ領の広場は、地平線の彼方まで人で埋め尽くされていた。

​「す、すげぇ……。1万人……いや、2万人いるぞ……」

​ 俺は舞台袖で震えた。

 ニャングルの宣伝工作と、これまでの活動の集大成。

 貴族、平民、冒険者、他国の商人までもが、伝説のアイドルの最後を見届けようと集結していた。

​「いくぞみんな! これが最後の祭りだ!」

​ 俺の合図と共に、ライブがスタートした。

​ ドォォォォォン!!

​ ルナが残った魔力の全てを注ぎ込み、夜空に巨大な光の魔法陣を描く。

 まるでオーロラのような輝きが会場を包む。

​「みんなー! ありがとうございまぁぁぁす!!」

​ ルナが涙ながらに手を振る。その健気な姿に、観客が号泣する。

​「今日は最高の夜にしてあげるわ! ついて来なさい!」

​ ユアがキレのあるダンスで煽る。

​ そして、センターのリカ。

 彼女は『千の仮面』を高速で切り替え、ある時は清純な聖女、ある時は妖艶な魔女、ある時は元気な妹キャラと、変幻自在のパフォーマンスを見せる。

​「愛してるわ、みんな♡」

​ ズキュゥゥゥン!!

 会場全体のハートが撃ち抜かれた音がした。

​「ウオオオオオオオオッ!! リカ様ァァァァァ!!」

​ そして、最前列。

 親衛隊長ワイガーが、全身から闘気を噴出させながら叫んだ。

​「燃やせ! 命を燃やせ! これが最後のオタ芸だァァァ!!」

​ ブンブンブンブン!!

 ワイガーの誘導灯が光の帯となり、竜巻を起こす。

 それに呼応して、2万人の観客が一斉にサイリウムを振る。

 光の海。熱狂の渦。

​ 物販コーナーでは、記念グッズが飛ぶように売れ、金貨を入れる箱が次々と満杯になっていく。

 ニャングルが「計算が追いつかへん!」と悲鳴を上げている。

​          ◇

​ ライブ終了後。

 控室には、これまでに見たこともないほどの金貨の山が築かれていた。

​「……すごい」

​ 俺は金貨の山を見上げた。

 ざっと見積もっても、金貨500枚(500万円)はある。

 過去最高益だ。

​ 俺は震える手で電卓を叩く。

​「500枚あれば……メンバーへのボーナスを払って、会場費を払って、俺が使い込んだ分を穴埋めしても……まだ残る! 借金を返せる!」

​ 助かった。

 首の皮一枚で繋がった。

 俺は安堵のあまり、金貨の山に背中を預けてへたり込んだ。

​「勝った……。俺は生き残ったんだ……!」

​ 心地よい疲労感と、達成感。

 これで明日からは、借金に怯えることなく、まともな領地経営に戻れるはずだ。

​ ――そう。

 俺は忘れていたのだ。

 この世で一番恐ろしいのは、魔物でもドラゴンでもなく、『見えない経費』と『複利』だということを。

​「お疲れ様、恭介」

「お疲れ様、プロデューサーさん♡」

​ 控室のドアが開き、満面の笑みを浮かべた姉妹(悪魔)が入ってきた。

 その手には、分厚い羊皮紙の束――請求書が握られていた。

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