EP 6
握手会と神対応
ライブ翌日。
ナグモ領の廃墟には、昨日以上の長蛇の列ができていた。
『ファーストライブ記念・握手会』。
CD(魔法で音を録音した魔石)を1枚買えば、推しのメンバーと数秒間、手を握って会話ができるという、この世界では前代未聞のイベントだ。
「並べ並べぇ! 割り込みは即退場だぞォ!」
親衛隊長となったワイガーが、法被(はっぴ)姿で列を整理している。その威圧感は完全に警備会社の鬼教官だ。
「すげぇ人気だ……。まさかここまでとは」
俺は物販テントの裏で、積み上がった金貨の山を見て震えていた。
CDの単価は安くない。それなのに、一人で10枚、20枚と買っていく客がザラにいる。
「カカカッ! 『A◯B商法』っちゅうんでっか? 兄ちゃん、えげつないこと考えよるなぁ!」
ニャングルが算盤を弾きながら、尊敬と恐怖の入り混じった目で俺を見る。
「ビジネスと言ってください。……さぁ、始まりましたよ」
握手会のレーンが稼働し始めた。
まずはルナのレーン。
「あ、あの……応援してます!」
「はわわっ! ありがとうございますぅ! あ、手汗すごくてごめんなさいぃ!」
ルナが慌てて手を拭こうとして、テーブルの水をひっくり返す。
「ああっ! 濡れちゃいましたね!? ごめんなさいぃぃ!」
「い、いいんだ! ルナちゃんの聖水だ! 洗わないぞ!」
……ドジっ子属性が、一部の層にクリティカルヒットしているようだ。
次はユアのレーン。
「ユ、ユアちゃん……罵ってください!」
「は? キモいんだけど。……はい、剥がし」
「ありがとうございますぅぅぅ!!」
……いわゆる『塩対応』だが、なぜか列が途切れない。M属性の開拓に成功している。
そして、問題のリカのレーンだ。
ここだけ列の長さが桁違いだった。
「次の方、どうぞ♡」
リカが妖艶な微笑みでファンを迎える。
やってきたのは、少し冴えない純朴そうな青年だ。
「あ、あの……り、リカさん……僕、ずっとファンで……」
緊張でガチガチになっている青年。
リカは彼の手を優しく包み込むと、じっと目を見つめた。
その瞬間、リカの姿が微かにブレた。
「……ねぇ、覚えてる? 昔、隣の席だったよね?」
リカの声色が変わった。少し幼く、そして懐かしい響き。
青年の目が見開かれる。
「え……? ミ、ミヨちゃん……? 初恋の……?」
リカはスキル『千の仮面』を極小出力で発動し、青年の深層心理にある「初恋の相手」の面影を自分に重ね合わせたのだ。
それはほんの一瞬の幻影。だが、破壊力は絶大だ。
「また会いに来てね。……待ってるから」
リカが上目遣いで手を離す。
「う、うわぁぁぁぁ!! 買います! CDあと50枚追加ァァァ!!」
青年は雄叫びを上げて物販レジへダッシュしていった。
「……恐ろしい」
俺は戦慄した。
あれぞ究極の『神対応』。
ファン一人一人に合わせて、初恋の人、理想のタイプ、亡くなった母親……あらゆる「好き」に変身して対応しているのだ。
こんなの、落ちない男がいるわけがない。
「チョロいわね。……あら、プロデューサーさん?」
休憩時間。リカがテント裏で水を飲みながら、俺にウィンクした。
「見てたでしょ? 私の演技力」
「あ、ああ……。凄まじいな。これならリピーター続出だ」
「ふふっ。ねぇ恭介くん。私、頑張ったご褒美が欲しいな♡」
リカが俺のネクタイを指で弄(いじ)る。
「ライブと握手会で喉が渇いちゃった。……あの『最高級ハチミツ』を使ったハーブティー、飲みたいな」
「えっ? 1瓶で金貨5枚するやつ!?」
「ダメ? あんなに稼いであげたのに?」
リカが、あの一瞬だけ見せる「儚げな少女」の顔をする。
ズキュン。
俺の胸が高鳴った。
「か、買います! 今すぐユアに取り寄せさせます!」
「うふふ、ありがとう♡ 大好きよ、プロデューサーさん」
……危ない。
俺は頭を振った。
これはビジネスだ。俺は仕掛ける側だ。
だというのに、今の「大好き」という言葉に、妙にドキドキしてしまった。
俺の背後で、ユアが冷ややかに呟いた。
「あーあ。ミイラ取りがミイラになりかけてる」
アイドルの輝きは、プロデューサーの理性さえも焼き尽くそうとしていた。
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