EP 5

ファーストライブ・爆誕

 ナグモ領の廃墟。

 かつては幽霊が出ると恐れられたこの場所は今、異様な熱気と、数千本のサイリウム(ルナが魔力で作った光る棒)の輝きに包まれていた。

「毎度! 兄ちゃん、満員御礼でっせ!」

 舞台袖で、ニャングルが興奮気味に報告してくる。

 彼の手腕により、チケットは即完売。客席には好奇心旺盛な貴族から、刺激を求める冒険者、そして噂を聞きつけた一般市民までがひしめき合っている。

「よし……。やるぞ」

 俺は震える手でマイクを握り、舞台裏のメンバーに声をかけた。

「みんな、準備はいいか! 俺たちの輝きで、この世界を変えてやれ!」

「はいっ! 私、もう緊張してません! チョコケーキパワー全開です!」

「ま、サクッと終わらせて打ち上げ行こうよ」

「ふふっ。私の美声に酔いしれなさい♡」

 ルナ、ユア、リカ。三者三様の気合十分だ。

 そして、客席の最前列には、ハチマキを巻いて誘導灯を構えたワイガー率いる『ナグモ親衛隊(魔獣狩りの荒くれ者たち)』が陣取っている。

「いくぞ野郎ども! 推しに命を懸けろぉぉぉ!!」

「「「うおおおおおおおお!!!」」」

 地響きのような雄叫び。

 照明が落ちる。

 静寂。

 そして――。

 ドォォォォォン!!

 ルナの光魔法が炸裂した。

 七色のレーザービームが夜空を駆け巡り、廃墟の壁に幻想的な幾何学模様を描き出す。

「な、なんだ!? 魔法か!?」

「すげぇ綺麗だ!」

 観客が空を見上げた瞬間、激しいビートが鳴り響く(ユアのスマホからスピーカーへの出力だ)。

「レディース・エーン・ジェントルメン!! Welcome to the IDOL WORLD!!」

 ユアの声が響き、スモークの中から3人のシルエットが浮かび上がる。

「1、2、3……Go!!」

 スポットライトが3人を照らし出した。

 煌びやかな衣装。舞うようなステップ。

「きゃぁぁぁぁぁっ♡」

 センターのリカがウィンクを一つ飛ばしただけで、客席の前方3列くらいの男たちが鼻血を出して倒れた。

 破壊力が違う。

 彼女は『千の仮面』の応用で、曲の雰囲気に合わせて瞬時に髪色や瞳の色を変え、観客一人一人の「理想の女性」の幻影を見せているのだ。

「すげぇ……! なんだあの美女は!」

「女神か!? 女神が降臨したのか!?」

 そして、歌が始まる。

 リカの歌唱力は本物だ(大女優の声をコピーしている)。

 透き通るような高音と、ユアのキレキレのダンス、そしてルナがドジっ子ながらも懸命に振る愛嬌。

 そのすべてが噛み合い、爆発的な化学反応(ケミストリー)を起こしていた。

「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」

 ワイガーが誘導灯を振り回し、完璧なリズムでコールを入れる。

 それに釣られて、観客たちも見よう見まねで手を振り、声を上げ始めた。

「L・O・V・E! ラブリー! リカちゃーん!!」

 会場が一つになる。

 これが、アイドル。これが、ライブだ。

 舞台袖で見ていた俺は、思わず目頭が熱くなった。

「やった……。やったぞ……!」

 金のため? 借金返済のため?

 いや、それだけじゃない。俺はこの光景が見たかったんだ。

 異世界の人々が、理屈抜きで熱狂し、笑顔になる瞬間を。

「……ま、一番熱狂してるのは、あそこの虎だけどな」

 最前列で白目を剥きながら高速でヲタ芸(ロマンス)を打つワイガーを見て、俺は苦笑した。

 彼はもう、戦士には戻れないかもしれない。

          ◇

 ライブ終了後。

 物販コーナーには長蛇の列ができていた。

「タオルくれ!」

「ルナちゃんのブロマイド10枚!」

「リカ様の握手券付きCD、あるだけ全部だ!」

 飛ぶように売れる。

 金貨が、銀貨が、濁流のように木箱に流れ込んでいく。

「カカカッ! 笑いが止まりまへんなぁ! 追加発注かけといて正解やったわ!」

 ニャングルが算盤を弾く手が残像になっている。

「すごい……。これが『アイドル・ドリーム』か……」

 俺は積み上がった金貨の山を見て、震えた。

 経費はかかった。スイーツ代も高かった。

 だが、このリターンを見れば、それも必要な投資だったと言える。

「恭介さーん! 大成功ですねっ!」

 汗だくのルナが飛びついてきた。

「楽しかったですぅ! みんながサイリウム振ってくれて、まるで星空みたいでした!」

「ああ、最高だったよルナ。君のレーザーも完璧だった」

「へへっ、またチョコケーキ食べられますね!」

「お疲れ、恭介。……ま、悪くなかったんじゃない?」

 ユアもタオルで汗を拭きながら、少しだけ満足げな表情を見せた。

「あらあら、プロデューサーさん。泣いてるの?」

 リカが妖艶に微笑みかける。

「ふん、泣いてないさ。汗が目に入っただけだ」

 俺は強がってみせた。

 大成功だ。これでナグモ・プロジェクトは軌道に乗った。

 借金も返せるし、領地の復興も進むだろう。

 ――そう、この時は本気でそう思っていた。

 アイドルの輝きが増せば増すほど、その『維持費』が幾何級数的に跳ね上がるという事実を、俺はまだ甘く見ていたのだ。

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