EP 4

ディーヴァ(歌姫)たちの要求

 ナグモ領の廃墟。

 急造のレッスンスタジオ(元・食堂)には、激しい音楽と足音が響いていた。

「ワン、ツー、スリー、フォー! ルナ、ターンが遅い! もっと腰入れて!」

「は、はいぃぃっ! 目が回りますぅぅ!」

 鬼コーチと化したユアの指導の下、ルナが必死にステップを踏む。

 リカは涼しい顔で完璧なポージングを決めている。

 ここまでは順調に見えた。

「はい、休憩ー」

 ユアが手を叩いて音楽を止めた瞬間、ルナが床にへたり込んだ。

「うぅ……もう動けません……。魔力切れですぅ……」

「お疲れ様。みんな、水だぞ」

 俺はタオルと水を配って回った。

 プロデューサー兼マネージャー兼雑用係の俺に、休む暇はない。

「……ねぇ、ジャーマネぇ」

 ルナが水を一口飲むと、上目遣いで俺を見た。

 その瞳は、いつもの純朴なエルフのものではなく、どこか据わっていた。

「水だけじゃ、魔力は回復しないんですぅ」

「え? じゃあ何がいるんだ? ポーションか?」

「違います。……甘いものです」

 ルナがよだれを拭う。

「あの、黒くて、濃厚で、ふわふわの……『チョコレートケーキ』が食べたいですぅ!」

「は? ケーキ?」

「はい! あれがないと、私、もう一歩も動けません! レーザー魔法なんて絶対無理です!」

「なっ……脅しか!?」

 あの素直だったルナが、スイーツの味を知って変わってしまった。

 俺が困惑していると、タオルで汗を拭っていたユアが冷ややかに言った。

「あ、私も。コンビニのチョコじゃなくて、デパ地下の『生チョコ』ね。カカオ80%のビターなやつ。よろしく」

「お前まで! 贅沢言うな、予算がないんだぞ!」

「あら、恭介くん?」

 鏡の前で髪を直していたリカが、鏡越しに俺を睨んだ。

 その妖艶な微笑みに、背筋が凍る。

「私のことも忘れてないわよね? 私は京都の老舗の『抹茶ケーキ』をお願い。……まさか、センターの私だけ抜きなんてこと、ないわよね?」

 三方向からの包囲網。

 チョコレートケーキ、生チョコ、高級抹茶ケーキ。

 地球からの転送料込みで考えれば、金貨数枚は飛ぶコースだ。

「む、無理だ! 今は衣装代と会場設営費でカツカツなんだ! パンの耳に砂糖をまぶしたやつで我慢してくれ!」

「「「はぁ?」」」

 三人の声が重なった。

 室温が5度下がった。

「ジャーマネ……私、糖分がないと魔法が暴走して、屋敷を爆破しちゃうかもしれません……」

「あたしはモチベ下がって、本番で棒立ちになるかもね」

「私は……そうね。他のプロダクションに移籍しようかしら?」

「や、やめてくれぇぇぇ!!」

 爆破、サボタージュ、引き抜き。

 どれも俺の破産に直結する。

 ナグモ・プロジェクトは、彼女たちがいなければ成立しないのだ。

「わ、分かった! 買えばいいんだろ、買えば!」

 俺は涙目で白旗を上げた。

「ユア! 手配してくれ! 一番高いやつを!」

「了解。まいどあり〜」

 ユアがスマホを操作する。

 ピロン♪ ピロン♪ ピロン♪

 軽快な決済音が、俺の借金残高を加算していく音に聞こえる。

 数分後。

 廃墟のテーブルには、宝石のように輝くスイーツたちが並んだ。

「わぁぁぁ! チョコケーキですぅ! いただきまーす!」

 ルナが満面の笑みでケーキを頬張る。

 さっきまでの疲労困憊はどこへやら、魔力が湯気のように溢れ出ている。

「ん、悪くないわね。この苦味が最高」

「抹茶の香りが素晴らしいわ。さすが老舗ね」

 ユアとリカも優雅にティータイムを楽しんでいる。

 俺は部屋の隅で、彼女たちが食べる様子を見ながら乾パンをかじった。

「……おい、キョウスケ。俺のは?」

 庭でオタ芸の練習をしていたワイガーが、汗だくで戻ってきた。

「俺も腹減ったぞ! 何か甘いもんはないのか!?」

「……ほらよ」

 俺はポケットから、いつもの『コーヒーキャンディ』を一粒取り出して投げた。

「お、おう! ありがてぇ!」

 ワイガーは嬉しそうにキャンディを口に放り込み、また庭へと駆けていった。

 あいつが一番燃費がいい(安上がり)なのが、唯一の救いだ。

「さぁ、食べたら練習再開よ! カロリー消費するわよ!」

「はいっ! 私、頑張りますぅ!」

 スイーツを摂取した歌姫たちは、水を得た魚のように生き生きと踊り始めた。

 その輝きは確かに素晴らしい。

 だが、その輝きの燃料が、俺の寿命(借金)であることを忘れないでほしい。

 こうして、経費という名の魔物が、徐々に俺の首を絞め始めていた。

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