EP 3
ナグモ・プロジェクト始動
ナグモ領の廃墟、ボロボロのリビング。
俺はホワイトボード(取り寄せ品)の前に立ち、集まったメンバーを見渡した。
「諸君! これより『ナグモ・プロジェクト』を始動する!」
俺の熱い宣言に対し、反応はまばらだった。
リカは手鏡でメイクを直し、ユアはスマホをいじり、ルナはポカーンとし、ワイガーは肉を齧っている。
……前途多難だが、構うものか。
「いいか、イタコ・ビジネスは確かに儲かるが、湿っぽいし限界がある。俺たちが目指すのは、もっと大規模で、もっと熱狂的で、継続的に金を搾り取れる……ゴホン、夢を与えるビジネスだ!」
俺はボードに大きく『IDOL(アイドル)』と書いた。
「あいどる? なんですかそれ?」
ルナが首をかしげる。
「アイドルとは『偶像』。歌とダンス、そして圧倒的なカリスマ性で大衆を魅了し、崇拝させる存在だ!」
俺は力説した。
「ファンは推し(アイドル)のためなら、惜しみなく金を出す。CD、グッズ、握手会……その市場規模は計り知れない! この世界にまだない『アイドル文化』を、俺たちが作るんだ!」
俺の熱弁に、最初に反応したのはリカだった。
「ふぅん……。要するに、私たちがチヤホヤされて、ついでにお金も稼げるってこと?」
「その通りです、リカ姉さん!」
「悪くないわね。私、女優志望だし。……で、私のポジションは?」
「もちろん『センター』です!」
俺はビシッとリカを指差した。
「リカ姉さんのスキル『千の仮面』があれば、清楚系、セクシー系、妹系……あらゆるファンの『理想のアイドル』に変身できる。最強のセンターです!」
「あら、分かってるじゃない。採用よ♡」
リカがウィンクする。チョロい(金がかかるが)。
「次はルナ! 君は『ビジュアル担当』兼『魔法演出(エフェクト)』だ!」
「えっ、わ、私ですかぁ!? 無理ですぅ、人前に出るなんて……!」
「大丈夫だ。君のそのエルフとしての神秘性と、ドジっ子属性のギャップは間違いなく受ける。それに、ライブ中に光魔法でレーザービームを出せるのは君しかいない!」
「れ、れーざー……? よく分かりませんが、お屋敷の修理代が出るなら……」
「出る! 弾むぞ!」
「じゃあ、頑張りますぅ!」
ルナも確保。
そして、最後の一人。
「ユア。お前は『ダンスリーダー』兼『MC』だ」
「はぁ? だっる。なんであたしが」
「お前のその現代っ子特有のリズム感と、冷めたツッコミが必要なんだ。それに……」
俺は小声で囁いた。
「成功すれば、グッズ売上のマージンもお前の借金返済に充てられるぞ?」
「……採用。キレッキレに踊ってやるわ」
ユアがニヤリと笑った。金さえ絡めば最強の戦力だ。
こうして、異世界発の3人組アイドルユニットが結成された。
だが、まだ重要なポジションが残っている。
「おいキョウスケ。俺はどうなるんだ? まさかバックダンサーか?」
ワイガーが肉を食いながら不満げに言う。
195センチの虎獣人がアイドルと一緒に踊っていたら、放送事故だ。
「違うぞワイガー。お前にはもっと重要な任務がある」
俺は彼に、二本の『誘導灯(ペンライト)』を持たせた。
「お前は『親衛隊長』だ」
「しんえいたい……?」
「そうだ。ライブ会場の警備をしつつ、最前列でファンを先導して盛り上げる。いわゆる『オタ芸』のリーダーだ!」
「オタゲイ……?」
「お前のその強靭な筋肉とスタミナ、そしてプロレスで培った動き……。それを『応援』に特化させるんだ! やってみろ!」
俺が手本を見せる。
ロマンス! サンダースネイク! マワリ!
「こ、こうか!?」
ブンッ!!
ワイガーが誘導灯を振ると、風圧で周囲の空気が爆ぜた。
キレが違う。筋肉のバネが生きている。
「うおおお! なんか血が滾(たぎ)ってきたぞ! これも一種の闘気(オーラ)の使い道か!」
「その通りだ! お前のオタ芸が、会場の熱気を支配するんだ!」
「任せろ! 誰よりも激しく振ってやるぜ!」
◇
その日から、ナグモ領の廃墟はレッスンスタジオへと変貌した。
「ワン、ツー、ワン、ツー! ルナ、テンポ遅れてる!」
「はわわっ! 足がもつれますぅ!」
ユアのスパルタ指導の下、汗を流すルナ。
リカは余裕の表情で、次々と衣装(変身)を変えながらポージングの研究をしている。
「オオオオオッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」
そして庭では、ワイガーが誘導灯をヌンチャクのように振り回し、光の軌跡で魔法陣が描けるレベルの高速オタ芸を極めようとしていた。
準備は整いつつある。
俺はプロデューサーとして確信していた。
――これは、革命になる。
ただし、その革命が俺の財布にどのような大打撃を与えるかまでは、この時の俺はまだ計算に入れていなかったのだ。
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