EP 2
涙と感動のイタコ・ビジネス
「……で、どうすんのこれ?」
ナグモ領の館。
ユアが電卓を叩きながら、冷ややかな視線を俺に送ってくる。
「お友達パック50枚に、リカ姉の姉妹プラン100枚。毎月の固定費だけで金貨150枚(150万円)だよ? 今の収入ゼロだよ?」
「分かってる! 分かってるから電卓を耳元で叩くな!」
俺は頭を抱えた。
一時の欲望に負けて契約してしまったが、冷静に考えれば破産確定だ。
だが、契約してしまった以上、リカ姉さんはここにいる。
「あらあら、恭介くん。そんなに困ってるの? なら、お姉さんが稼がせてあげましょうか?」
リカが化粧ポーチからリップを取り出し、優雅に唇に塗りながら提案した。
「稼ぐって……どうやって?」
「私のスキル『千の仮面』は、何も生きている人間にしか変身できないわけじゃないの。……写真や肖像画、それに依頼人の『記憶』さえあれば、死者にだってなれるわ」
「死者に……?」
俺の脳内で、ビジネスの歯車がカチリと噛み合った。
金持ちというのは、得てして孤独だ。
若くして亡くした妻、早世した子供、伝えられなかった遺言……。
金で買えない「再会」を、もし金で売ることができたら?
「……いける。それだ!」
俺はガバッと立ち上がった。
「ターゲットは富裕層だ! 『天国へのホットライン』……名付けて、イタコ・ビジネスだ!」
◇
数日後。
俺たちはベルンの街の高級宿の一室を借り切り、最初の顧客を迎えていた。
相手は、街でも指折りの大商人・バロス氏。
恰幅の良い初老の男性だが、今は緊張した面持ちでソファに座っている。
彼は10年前に最愛の妻・エレナを病気で亡くし、以来ずっと独り身を貫いている愛妻家として有名だ。
「……南雲男爵。本当に、妻に会えるのですか?」
バロス氏が縋(すが)るような目で俺を見る。
「ええ。ただし、時間は『3分間』だけです。それが、天国の扉が開く限界なのです」
俺はもっともらしく説明し、祭壇(演出用)の前に立つリカを紹介した。
今のリカは、黒いローブを纏い、神秘的な霊媒師を演じている。
「では、奥様の肖像画を見せていただけますか?」
「は、はい。これです」
バロス氏が震える手で、ロケットペンダントの中の肖像画を見せた。
リカはそれを一瞥し、バロス氏の目を見つめた。
「……見えます。あなたの記憶の中にいる、優しくて、少しおっちょこちょいな奥様の姿が」
リカはそう言うと、パフを取り出し、自身の顔の前でふわりと叩いた。
「メイクアップ・イリュージョン」
光の粒子が舞う。
そして、霧が晴れた時――そこに立っていたのは、ペンダントの中の女性、そのものだった。
若き日の美しい姿。目元のホクロまで完全に再現されている。
「……あなた?」
リカ(エレナ)が、鈴を転がすような声で囁いた。
「エ、エレナ……!?」
バロス氏が息を呑み、椅子から転げ落ちそうになる。
「エレナ! おお、エレナ! 本物だ……本当に君なのか!」
「ええ、あなた。……少し老けたわね? でも、そのシワも素敵よ」
リカは優しく微笑み、バロス氏の頬に触れた。
事前のリサーチで仕入れた「妻の口癖」と「二人の思い出」を完璧に織り交ぜた、至高のアドリブ演技だ。
「すまない……! 君を一人で逝かせてしまって……! 私は……!」
大の大人が、子供のように泣き崩れる。
リカはそれを母のような慈愛で抱きしめた。
「泣かないで。私はいつも見守っているわ。……愛しているわ、あなた」
感動的な再会。
部屋の隅で、俺とユアは無言でストップウォッチを見ていた。
残り10秒。
「……そろそろ時間ね。さようなら、あなた」
3分ジャスト。
リカの体が光に包まれ、元の「霊媒師」の姿に戻った。
「エレナァァァァ!!」
バロス氏は虚空に手を伸ばし、号泣した。
俺は静かにハンカチを差し出した。
「……奥様は、天国へ帰られました。ですが、想いは伝わったはずです」
「ありがとう……! ありがとう、南雲男爵……!」
バロス氏は涙を拭い、懐から重そうな革袋を取り出した。
「これは、ほんの気持ちです。妻に会わせてくれた奇跡に比べれば、安いものです!」
ドンッ。
テーブルに置かれたのは、金貨50枚(50万円)が入った袋だった。
たった3分の労働で、この報酬。
「……濡れ手で粟だ」
俺は心の中でガッツポーズをした。
これだ。これなら借金を返せるどころか、大金持ちになれる!
◇
帰り道。
俺たちは上機嫌で馬車に揺られていた。
「いやー、リカ姉さんの演技力、半端ないですね! あのおっさん、完全に信じてましたよ!」
「失礼ね。私は『役』に憑依しただけよ。……で、プロデューサーさん?」
リカは化粧ポーチを閉じ、妖艶な笑みで手を出した。
「私のギャラ、弾んでくれるわよね?」
「もちろんです! 今回の売上の半分、金貨25枚を……」
「あら? 『姉妹プラン』の規約、読んでないの?」
リカが人差し指を振る。
「『特殊業務(イタコ等)』の場合、売上の8割は演者の取り分よ」
「は、8割!?」
「嫌ならいいのよ? もう変身してあげないから」
「……払います」
結局、俺の手元には金貨10枚しか残らなかった。
だが、手応えは掴んだ。このビジネスは当たる。
もっと大規模に、もっと効率よく稼ぐ方法はないか?
俺の視線が、馬車で居眠りをしているルナと、スマホをいじるユア、そして美貌のリカに向けられた。
可愛い。美人だ。キャラが立っている。
イタコのような湿っぽい商売じゃなく、もっとこう……大衆を熱狂させるような……。
「……アイドル?」
俺の中に、悪魔的ひらめきが降りてきた。
そうだ。この世界にはまだ『アイドル』がいない。
俺がプロデューサーになって、彼女たちを売り出せば――!
「ふふっ……ふふふっ!」
「あーあ。恭介がまた悪い顔してる」
ユアのツッコミも耳に入らない。
俺は新たな野望『ナグモ・プロジェクト』の構想に夢中になっていた。
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