第五章 アイドルのご利用は計画的に

No.4の誘惑と姉妹プラン

 ナグモ領の廃墟。

 野菜カレー鍋パーティー(という名の全財産没収の儀)から一夜明け、俺は抜け殻のようにリビングの椅子に座っていた。

「……はぁ」

 ため息しか出ない。

 プロレス興行で稼いだ金貨120枚は、ユアの手によって霧散した。

 手元に残ったのは、さらに膨れ上がった借用書と、二日酔いの頭痛だけだ。

「恭介ー。元気ないじゃん。ポテチ食べる?」

 向かいの席では、諸悪の根源であるユアが、朝から優雅にコンソメパンチを食べている。

「……お前のせいだよ。誰のせいで一文無しになったと思ってるんだ」

「人聞きが悪いなぁ。あたしは正当な債権回収をしただけよ。……あ、ちなみに今月の『お友達パック』の更新日、明日だから」

「鬼かお前は!!」

 俺は頭を抱えた。

 明日にはまた金貨50枚が加算される。

 このままじゃ、本当に破産だ。何か……何かこの状況を打破する手立てはないのか?

 俺はすがるような思いで、スマホの画面をタップした。

 ガイマックス(No.1)は筋肉バカ。

 ザーマンス(No.2)は詐欺師。

 ユア(No.3)は守銭奴。

 ……ん?

「あれ?」

 俺は目をこすった。

 アドレス帳の一番下に、いつの間にか新しい名前が追加されていたのだ。

『No.4 リカ』

「……リカ? 誰だこれ?」

 俺が呟くと、ポテチを食べていたユアの手がピタリと止まった。

「あー……。ついに解放されちゃったか」

「知ってるのか、ユア?」

「うん。あたしのお姉ちゃん」

「お姉ちゃん!?」

 この悪魔に姉がいたのか。

 ……待てよ? 妹がこれだけ優秀(がめつい)なら、姉も何かしらの強力なスキルを持っているに違いない。

 もしかしたら、この借金地獄から救い出してくれる女神かもしれない!

「かけてみるぞ!」

「あ、そう。……ま、あたしは忠告したからね?」

 ユアの冷ややかな視線を無視して、俺は『No.4』をタップした。

 プルルルル……ガチャ。

『はい、お電話ありがとうございます。あなたの心のオアシス、リカです♡』

 スピーカーから流れてきたのは、ユアの乾いた声とは正反対の、濡れるような艶のある大人の女性の声だった。

 その瞬間、俺の懐から金貨1枚が消える。

 ボワンッ♡

 ピンク色の、甘い香りのする煙と共に、その女性は現れた。

「あら、あなたが今の契約者さん? うふふ、可愛らしい男の子ね」

 煙の中から現れたのは、息を呑むような美女だった。

 タイトなスカートに、白いブラウス。黒のストッキングが伸びやかな脚線を強調している。

 まさに『仕事のできる美人秘書』といった風貌だ。

 手には大きなブランド物の化粧ポーチを持っている。

「は、初めまして! 南雲恭介です!」

「初めまして、恭介くん。私はリカ。……あらあら、随分とお疲れのようね? 目の下にクマができてるわよ?」

 リカは俺の頬にそっと手を添えた。

 いい匂いがする。ユアのポテチ臭とは大違いだ。

「い、いやぁ、ちょっと金銭トラブル続きで……」

「可哀想に。癒やしが必要ね。……ねぇ恭介くん、誰か会いたい人はいない?」

「え?」

「私のスキルは『変身』。あなたの記憶にある人なら、誰にでもなれるわ。……例えば、そうね」

 リカは俺の顔を覗き込み、悪戯っぽく微笑んだ。

「あなたのスマホの待ち受け画面……あの大女優『七瀬マイ』ちゃんとか?」

「えっ!? な、なんで俺の推しを知って……!?」

「ふふっ。……ちょっと待っててね」

 リカは化粧ポーチを開き、パフを手に取った。

 それを自分の顔にポンポンと当てる。

「メイクアップ・イリュージョン」

 光が弾けた。

 次の瞬間、そこに立っていたのは、俺が地球で憧れ続けていた国民的清純派女優、七瀬マイその人だった。

「初めまして、プロデューサーさん♡ ……なんてね」

「は、はぅあッ……!?」

 俺は椅子から転げ落ちそうになった。

 完璧だ。容姿だけじゃない。声も、仕草も、あのテレビで見た透明感も、すべてが本物だ!

 こんな奇跡が、目の前にあるなんて!

「す、すげぇ……! 本物だ……! 本物の七瀬マイがいる……!」

「うふふ。喜んでもらえて嬉しいわ。……でも、残念。もう3分経っちゃう」

 リカ(七瀬マイの姿)は、悲しげに眉を寄せた。

「えっ!? ま、待ってくれ! もっと見ていたい! 話したい!」

「ダメよぉ。通常料金じゃここまで。……でも」

 彼女は俺の耳元に唇を寄せ、甘く囁いた。

「『お姉さん割引・使いたい放題プラン』に入ってくれたら……いつでも、何度でも、会いに来てあげる♡」

「なっ……!?」

「月額、たったの金貨100枚よ。……ね? 安いでしょ?」

 金貨100枚。100万円。

 今の俺には致命的な出費だ。

 だが、目の前には推しがいる。憧れの人が、俺だけに微笑みかけてくれている。

 いつでも会える? 何度でも?

「……安い」

 俺の経済学部としての理性が崩壊した。

 どんな人物とも会える権利が月100万? 実質無料だろそんなの!

「契約します! お願いしますお姉さまぁぁぁ!!」

「うふふ、契約成立ね♡」

 リカがウィンクをした瞬間、俺の借金残高が『+100枚』跳ね上がった。

 だが後悔はない。俺は今、夢を買ったんだ。

「……あーあ」

 一部始終を見ていたユアが、呆れたように最後の一枚のポテチを口に放り込んだ。

「言っとくけど恭介。……リカ姉は、あたしよりがめついよ?」

 その忠告は、幸せの絶頂にいる俺の耳には届かなかった。

 これが、破滅へのアイドルプロデュース業の始まりだとも知らずに。

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