EP 9

勝利の報酬と新たな火種

 深夜。

 ベルンの街での祝勝会を終え、俺たちは千鳥足でナグモ領の館(廃墟)へと戻ってきた。

「うぃ〜……。飲んだ飲んだ……」

 俺はふらつく足取りで、我が家の玄関(蝶番が壊れて倒れたままの扉)をくぐった。

 月明かりに照らされた館は、昼間見るよりもさらにボロボロで、幽霊屋敷としての風格を増していた。

「……はぁ。やっぱ、この屋敷ボロいなぁ」

 酔いが回った頭で、俺は天井の穴を見上げて嘆いた。

 金貨200枚近く稼いだとはいえ、この巨大な廃墟を修繕するにはまだまだ足りない気がする。

「お任せください、恭介さま! リフォームするですぅ!」

 真っ赤な顔をしたルナが、ふらふらと前に出た。

 彼女の手には、危険な魔力を帯びた『世界樹の杖』が握られている。

「この杖でぇ、柱をニョキニョキっと生やしてぇ、壁をドーン! と直しますよぉ〜!」

 ルナが杖を構え、先端に緑色の閃光が走り始めた。

「や、やめろバカ! 館ごと吹き飛ぶわ!」

 ワイガーが慌ててルナに飛びつき、杖を押さえ込んだ。

 危ないところだった。ナグモ領が更地になるところだった。

「むぅ……ワイガーさんのケチぃ……」

「ケチじゃねぇ! 命拾いしたんだよ!」

 ドタバタと騒ぐ二人を尻目に、ユアが椅子に座り、ぽつりと呟いた。

「あぁ……お腹空いちゃった」

「え? さっきBARであんなに食べてたじゃないか」

「お酒飲むと、シメが欲しくなるのよ。ラーメンとか、うどんとか」

 ユアはお腹をさすっている。底なしか、この女子高生は。

 だが、その提案には俺の胃袋も反応した。

「……確かにな。よし! みんなで寄せ鍋を作ろうぜ!」

 俺の提案に、ルナがパァッと顔を輝かせた。

「良いですねぇ〜! お鍋ぇ〜!」

「やったぜ! さっきの店じゃ肉が足りなかったんだ! 在庫の肉を全部ブチ込もうぜ!」

 ワイガーも乗り気だ。

 俺たちは早速、簡易コンロと土鍋を用意し、ありあわせの野菜(売れ残り)と肉を放り込んだ。

 グツグツと煮える音が、廃墟のホールに心地よく響く。

 そこへ。

「毎度! まだ起きとりますか〜?」

 玄関の方から、聞き慣れた関西弁が聞こえてきた。

 両手に大きな酒瓶を抱えた、茶トラの猫耳男。ニャングルだ。

「おお、ニャングルさん!」

「よ! 勝ち組の恭介はんじゃあ〜りまへんか! 今日はえらい儲けさせてもろたんでな、祝い酒持ってきましたわ!」

 ニャングルは上機嫌で酒瓶をテーブルに置いた。

 その顔は、ただの祝い客にしては少しニヤけすぎているような気もするが、酔っている俺は深く考えなかった。

「気が利きますねぇ! さぁさぁ、一緒に鍋をつつきましょう!」

「おおきに! ほな、ご相伴に預かりましょか!」

 ニャングルが席に着き、再び宴が始まろうとしていた。

 カモ(俺)と、共犯者(ニャングル)と、何も知らない筋肉とエルフ。

 

 そんな楽しげな光景を、湯気の向こうから冷ややかに見つめる瞳があった。

(……役者は揃ったわね)

 ユアが口元を三日月のように歪め、スマホの画面をタップした。

 そこには、俺の借金残高と、ニャングルの『裏取引(転売益)』の推定額が表示されていた。

 鍋の煮える音が、まるで地獄の釜の音のように聞こえ始めたのは、きっと気のせいではないのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る