EP 8
真の勝者と招き猫の武者震い
恭介たちが勝利の美酒に酔いしれていた、その頃。
場所は変わって、ベルン商業ギルドの奥深くにあるVIP商談室。
「……ほな、これで契約成立っちゅうことでよろしいでっか?」
ニャングルは卓上に置かれた羊皮紙――『鉱山採掘権の権利書』を指先でトントンと叩いた。
対面に座っているのは、恰幅の良いドワーフの鉱山主だ。
「うむ。まさか、あのゴズが手放すとはな。ずっと狙っておったんじゃ」
「へへっ、あそこは今、資金繰りがショートしかけてましてな。現金欲しさに泣く泣く手放した……らしいでっせ」
ニャングルはもっともらしい嘘を並べ、眼鏡を光らせた。
そして、ドワーフが積み上げた金貨の山を、算盤(そろばん)で弾くように素早く数える。
「……金貨2300枚。確かに」
2300枚。
ゴズが売りに出していた価格は1000枚(実際はもっと価値があった)。
恭介たちから買い取った価格は1500枚。
差額、800枚。
これが、ニャングルの純利益だ。
「おおきに! 毎度あり〜!」
ニャングルは満面の笑みで金貨を革袋に詰め込み、商談室を後にした。
◇
夜風が心地よい大通り。
ニャングルは重たくなった革袋をポンポンと弾ませながら、上機嫌で歩いていた。
「カカカッ! 笑いが止まらへんなぁ! ボロ儲けやぁ!」
今回の作戦、一番のリスクを負ったのは恭介たちだ。
店に潜入し、バレたら即死の演技をし、ギリギリのタイムアタックをこなした。
ニャングルがやったのは、路地裏で待機して、右から左へ権利書を流しただけ。
それだけで、恭介たちの利益(約200〜300枚)の倍以上を稼ぎ出したのだ。
「……まぁ、あないな危険な橋を渡らせたんや。これやったら、恭介はんにも、もっと色つけても良かったでっしゃろか?」
ニャングルはふと、夜空を見上げて呟いた。
1500枚ではなく、1600枚くらい渡してもバチは当たらなかったかもしれない。
少しだけ、良心の呵責(かしゃく)……のようなものが、胸をかすめた。
「……いやいや、商売は甘くないで! 情報料と仲介手数料、それに『ゴズを怒らせた』というリスク代や! 妥当な取り分や!」
彼はブンブンと首を振り、自分を正当化した。
そうだ。自分は何も悪くない。これは正当な商行為だ。
その時だった。
ゾクッ……!
背筋に、氷柱(つらら)を突っ込まれたような悪寒が走った。
夜風の冷たさではない。もっと根源的な、捕食者に狙われた小動物が感じるような震えだ。
「……ん? なんや?」
ニャングルは立ち止まり、キョロキョロと周囲を見回した。
誰もいない。
だが、猫耳がピクリと不穏な空気を捉えている。
「何か……寒気がするのは気のせいでっしゃろか?」
脳裏に浮かんだのは、あの常にスマホをいじっている、笑顔の恐ろしい女子高生の顔だ。
まさか、この取引額がバレているわけがない。
あれは恭介に渡した1500枚で納得していたはずだ。
「……気のせいやな! あかんあかん、儲けすぎて臆病になっとるわ!」
ニャングルは強引に笑い飛ばすと、再び歩き出した。
向かう先は、ナグモ領。
「せっかくやし、この金で恭介はんに美味い酒でも差し入れしたろか。……ついでに、次の商売のタネも蒔いとかなあかんしな」
カモ……いや、お得意様の顔を見に行く。
それが、飛んで火に入る夏の虫になるとも知らずに、ニャングルは夜の街道をナグモ領へと急ぐのだった。
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