EP 7

転売と利確のバケツリレー

(経過時間:2分05秒)

 ゴブリン・ローンの一室に、重苦しい沈黙と、ゴズの歪んだ笑い声が響く。

「へっへっへ……。毎度ありぃ。まさか、あの紙切れが金貨1000枚に化けるとはねぇ」

 ゴズは上機嫌だった。

 彼の手元には、俺から巻き上げた(正確には俺が借りた金をそのまま返した)金貨1000枚がある。

 彼にとっては、二束三文で買い叩いた不良在庫(権利書)が高値で売れ、しかも国宝級の担保まで手に入った状態だ。笑いが止まらないだろう。

 俺の手元には、購入したばかりの『鉱山採掘権の権利書』。

 そして、俺の背後では、ワイガーが汗だくで仁王立ちし、ルナが引きつった笑顔で固まっている。

「ユア! 頼むぞ……!」

 俺は心の中で祈りながら、権利書を持ったユアが店を出て行くのを見送った。

          ◇

 ――店外、路地裏。

 ユアは店の扉を閉めた瞬間、令嬢付きのメイドの仮面を脱ぎ捨て、アスリートのようなダッシュを見せた。

「ダァァァッ!!」

 ヒールのある靴で石畳を駆け抜ける。

 路地の角を曲がると、そこには茶トラの猫耳男が、今か今かと待ち構えていた。

「遅いで姉ちゃん! もう時間ないで!」

「うるさい! ほら、ブツよ!」

 ユアは権利書をニャングルに投げ渡した。

 ニャングルはそれをキャッチすると同時に、眼鏡を光らせて内容を一瞥する。

「……間違いなし! 本物の権利書や!」

 ニャングルは足元に置いていた大きな革袋をユアに蹴り渡した。

「約束の転売金、金貨1500枚や! 持ってけ!」

「重っ!?」

 ユアはよろめきながらも、15キロ近い金塊の入った袋を抱え上げた。

 普通の女子高生なら持ち上がらないが、今の彼女は「金」という燃料で動くマシーンだ。

「じゃあね!」

「早よ戻り! あと40秒で砂のお城が崩れるで!」

 ユアは再び店へと駆け出した。

 心臓破りの坂ならぬ、心臓破りの路地裏ダッシュだ。

          ◇

 ――店内。

(経過時間:2分30秒)

 俺の背中を冷たい汗が伝う。

 遅い。ユアが戻ってこない。

 ザーマンスの魔法が解けるまで、あと30秒。

 もし王冠がゴズの手元にある状態で砂に戻れば、俺たちは詐欺罪で即・処刑だ。

「……旦那ぁ? メイドさん、遅いですなぁ?」

 ゴズが怪訝な顔で俺を見た。

「馬車まで荷物を置きに行っただけだ。……すぐ戻る」

「へぇ……。ま、いいですがね。期限までに金が返せなきゃ、この王冠は俺のモンだ」

 ゴズがカウンターの上の王冠を愛おしそうに撫でる。

 やめろ、触るな。崩れるぞ。

 カランカランッ!!

 激しい音と共に、扉が開いた。

 肩で息をするユアが、革袋を抱えて立っていた。

「お、お待たせ……いたしました……旦那様……!」

「ユア!」

 ユアはふらつく足取りでカウンターに歩み寄り、革袋をドスンと置いた。

 重い音が響く。

「……旦那様、お父様より『至急、別の商談に金が必要になった』との連絡が……」

 ナイスだ、ユア。

 俺はその袋の紐を解き、中身をぶちまけた。

 ジャララララララッ!!

 金貨1500枚の山が、カウンターに築かれる。

「なっ、なんだぁ!?」

 ゴズが目を剥いた。

「気が変わった、店主!」

 俺は叫んだ。

「借金は今すぐ返す! この金貨1000枚と、迷惑料として色をつけて200枚! 合計1200枚だ!」

「はぁ!? い、今すぐぅ!?」

 ゴズは混乱した。

 ついさっき借りたばかりの金を、倍近い利息(迷惑料)をつけて返すと言うのだ。

 彼にとっては、数分で200枚の利益が出る計算になる。

 だが、王冠を手放すのは惜しい。

「ま、待ちなせぇ! 契約期間は10日だ! そんな急に返済なんて……」

「うるさい! 金はここにある! 文句があるなら受け取るな! その代わり、王冠を返せ!」

 俺はゴズの手元にある王冠に手を伸ばした。

(経過時間:2分50秒)

 残り10秒!

 ゴズの手が、王冠を離さない。

 欲深いゴブリンめ、まだ迷っているのか!

「……チッ。分かったよ!」

 ゴズは舌打ちをし、金貨1200枚の山を抱え込んだ。

 現金(キャッシュ)の魔力には勝てなかったようだ。

「ほらよ! 持ってけ!」

 ゴズが王冠を突き出した。

 俺はそれをひったくるように受け取った。

(残り5秒!)

「行くぞ! 総員、退避ィィィ!!」

 俺は叫ぶと同時に、出口へと走った。

 ワイガーがルナを小脇に抱え、ユアが続く。

「へっ? おい、待て!」

 ゴズの声が背後で聞こえるが、知ったことか。

 俺たちは店を飛び出し、路地裏を全力で駆けた。

 3……2……1……。

 0。

 俺の手の中で、感触が消えた。

 黄金の輝きを放っていた王冠が、サラサラとしたただの砂になり、指の隙間から零れ落ちていく。

「ははっ……! あばよ、悪徳ゴブリン!」

 俺は空になった手を振り払い、勝利の笑みを浮かべた。

 

 店内では今頃、ゴズが金貨を数えながら首を傾げていることだろう。

 「あれ? あの王冠、どこ行った?」と。

 だが、彼の手元には1200枚の金貨と、俺が払った1000枚(権利書代)がある。

 彼は損をしていない。むしろ儲けている。

 

 損をしたのは、本来2000枚の価値がある権利書を、手放してしまったことだけだ。

 俺たちの手元には、転売差額の金貨300枚。

 完全犯罪の成立だ。

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