EP 5

サクラ咲く、値上げ合戦

(経過時間:1分05秒)

「500枚だぁ? ふざけるな!」

 俺はカウンターを拳で叩いた。

 ゴズは緑色の顔に意地汚い笑みを浮かべ、両手を広げた。

「旦那ぁ、相場ってモンがあるんですよ。いくら物が良くても、現金化するにゃ手間がかかる。それに、盗品の可能性だってあるでしょ?」

「貴様……! 俺を泥棒扱いする気か!」

「へっへっへ。ま、500枚で手を打つのが賢明だと思いますがねぇ?」

 ゴズが譲らない。

 足元を見られている。このまま押し問答を続ければタイムオーバーだ。

 その時だった。

 カランカラン!

 ドアベルが鳴り、深紅のドレスを纏った令嬢が店に入ってきた。

 ルナだ。

 彼女は扇子で口元を隠し、ガタガタと震えながら俺たちの後ろに立った。

「オ……オ、オホホホホホ……!!(超棒読み)」

 店内が静まり返る。

 ゴズが怪訝な顔をした。

「あぁ? なんだあの女は」

「ちっ……タイミングの悪い時に……」

 俺は舌打ちをする演技をした。

 さぁルナ、頼むぞ。セリフは一つ。「私が買うわ」だ!

「あ、あらぁ〜……? そ、そこの、オ、オうかン……」

 ルナの視線が泳ぎまくっている。扇子を持つ手が痙攣している。

 そして、彼女は真っ白になった頭で、絞り出すように叫んだ。

「と、とっ……とっても、キラキラしてますわネェェェ!!」

「…………は?」

 ゴズがポカンとした。

 ダメだ。語彙力が死んでいる。貴族の会話じゃない、ただの感想だ!

 ゴズの目に疑いの色が浮かびかけた、その瞬間。

「失礼いたします」

 俺の横に控えていたメイド――ユアが一歩前に出た。

 彼女は冷ややかな瞳でルナを一瞥し、そして恭しくゴズに向き直った。

「店主様。あの方は、隣国の宝石商『ローゼン家』のご令嬢ですわ」

「宝石商……だと?」

「ええ。あまりに素晴らしい輝きを見て、興奮で言葉が乱れてしまったようですわね。……あの方の言葉を翻訳いたしますと」

 ユアはルナの方を見ずに、淡々と言い放った。

「『なんて素晴らしい太陽の輝き。このような薄汚れたゴブリンの店には勿体ない。私が即金で買い取って差し上げましてよ』……と、仰っています」

「な、なんだとぉ!?」

 ゴズが顔色を変えた。

 ルナは「えっ、私そんなこと言ってない……」という顔をしているが、必死に「オ、オホホ!」と笑って誤魔化している。ナイスだ。

「おい店主! 聞こえたか?」

 俺は畳み掛けた。

「そこの令嬢が買うと言ってるんだ。500枚なんてふざけた額なら、あっちに売るぞ!」

「ま、待て!」

 ゴズが慌てた。

 彼の鑑定眼は本物だ。この王冠が本物(に見える)である以上、その価値が金貨1000枚どころではないことを知っている。

 もし宝石商に買われれば、彼の手元には何も残らない。

「いけませんわ、旦那様」

 ユアがさらに追い打ちをかける。

「あのご令嬢なら、金貨1200……いいえ、1500枚は出す用意がおありのようです」

「せ、1500!?」

 ゴズの目が血走った。

 500枚で買い叩くつもりが、競争相手の出現で計画が狂ったのだ。

 しかし、1000枚で担保に取れば、利息を含めて回収できるし、万が一返済されなくても王冠(数千枚の価値)が手に入る。

 ゴズの脳内で、猛烈な計算が行われているのが分かる。

(経過時間:1分30秒)

 残り時間、半分。

 決めろ、ゴズ!

「……ちッ! 分かったよ!」

 ゴズはカウンターを叩いた。

「1000枚だ! 1000枚貸してやる! その代わり、利息は10日で2割だぞ! 文句ねぇな!」

「ふん、足元を見やがって……。いいだろう、成立だ!」

 俺は王冠をゴズの方へ押しやった。

 ゴズが素早くそれを確保し、自分の金庫を守るように抱え込んだ。

「へっへっへ……毎度あり」

 ゴズは奥の金庫を開け、革袋に入った金貨の山をドンとカウンターに置いた。

「ほらよ、きっちり1000枚だ。数えるかい?」

「いや、急いでいる。信用しよう」

 俺は金貨袋を鷲掴みにした。

 ずっしりと重い。本物だ。

(経過時間:1分45秒)

 第一段階クリア。

 だが、息つく暇はない。ここからが本当の『錬金術』だ。

 俺は金貨を受け取ると同時に、カウンターの隅に無造作に置かれている、一枚の羊皮紙を指差した。

「……あー、ついでだ。その紙切れも貰おうか」

「あん? これか?」

 ゴズが手に取ったのは、ニャングルが言っていた『鉱山採掘権の権利書』だ。

 ゴズにとっては二束三文で買い叩いた、ただの山林の紙切れ。

「親父への土産にな。……この金貨1000枚、そのまま払ってやるよ」

「はぁ!?」

 ゴズが目を丸くした。

「1000枚!? これにかい!?」

 ゴズにしてみれば、数百枚で仕入れた紙切れが、即座に1000枚に化けるのだ。

 王冠という担保も確保し、さらに不良在庫を高値で処分できる。

 彼にとっては夢のような展開だ。

「いいだろう! 持ってけドロボウ!」

 ゴズは満面の笑みで権利書を俺に渡した。

 俺の手元から、借りたばかりの金貨1000枚がゴズへと戻る。

(経過時間:2分00秒)

 俺の手には権利書。

 ゴズの手には王冠と金貨。

 一見、俺が損をしただけに見える。

 だが、ここから魔法のような『転売リレー』が始まる。

「ユア。これを馬車へ」

 俺は権利書をユアに手渡した。

「かしこまりました」

 ユアが一礼し、権利書を持って店を出て行く。

 その背中を見送りながら、俺は心の中で叫んだ。

(走れユア! ニャングルの元へ!)

 残り1分。

 ここからが、心臓破りのタイムアタックだ。

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