EP 4
潜入! ゴブリン・ローン
ベルンの街の裏通り。
日の光が届かない薄暗い路地裏に、その店はあった。
鉄格子のはまった窓、重厚な扉。看板には歪な文字で『ゴブリン・ローン』と書かれている。
店の前で、俺たちは足を止めた。
「……いいか、ここからは時間との勝負だ」
俺は紫色の派手なスーツの襟を正し、懐中時計(スマホのタイマー)を確認した。
隣には、サングラスをかけて仁王立ちするワイガー(護衛)と、澄ました顔のユア(メイド)。
そして、少し離れた物陰には、深紅のドレスを着たルナ(サクラ役)と、ニャングル(バイヤー役)が待機している。
「よし……始めるぞ」
俺は小声で『No.2』をコールした。
ボンッ!
薄いピンクの煙と共に、路地裏にザーマンスが現れる。
「さぁ、最高のショータイムだ。……イメージせよ、王の証を!」
ザーマンスがステッキを振る。
カッ!
俺の手の上に、黄金に輝く『太陽王冠』が出現した。
ずっしりとした重み。魔力の輝き。完璧だ。
「3分間、スタートだ!」
俺はザーマンスに目配せして(彼はすぐに煙のように消えた)、王冠を懐に隠すと、勢いよく店の扉を蹴り開けた。
カランカランカラン!!
「おい! 店主はいるか!」
俺は尊大な態度で店内に入り込んだ。
中は雑然としており、埃とインクの匂いがする。
カウンターの奥から、緑色の肌をした小柄な影がぬらりと現れた。
「……へっへっへ。どこのお坊ちゃんか知らねぇが、ドアはもっと静かに開けるもんだぜ?」
ゴブリンのゴズだ。
上質な服を着ているが、その目は爬虫類のように冷たく、濁っている。
こいつが、今回のターゲットだ。
(経過時間:10秒)
「ふん、説教は不要だ。……急いでいるんだ。金を借りたい」
俺はカウンターに歩み寄り、顎でしゃくった。
ユアがすかさずハンカチで椅子を拭く(フリをする)。
「旦那様、お掛けくださいませ」
「うむ」
俺はドカッと椅子に座り、足を組んだ。
背後にはワイガーが無言で立ち、威圧感を放つ。
「……ん」
ゴズの視線がワイガーの巨体とサングラスに向けられ、少しだけ顔を引きつらせた。
掴みはOKだ。
「へぇ……。金持ちそうなお坊ちゃんが、ウチみたいなシノギの店に何の用で? お小遣いならパパにねだったらどうです?」
ゴズが舐めた口を聞く。
俺は演技プラン通り、イラついた表情を作った。
「遊び金だよ! 親父には内緒で賭けに使っちまったんだ! 今すぐ補填しないとバレちまう!」
「ほぉ、なるほど。ボンボンの火遊びってわけですか」
ゴズが下卑た笑みを浮かべる。
カモだと思われたな。上等だ。
「で? いくら要るんです?」
「金貨1000枚だ」
「ブフォッ!?」
ゴズが吹き出した。
「せ、1000枚!? あんた、正気かい? どこのバカがガキの火遊びにそんな大金を……」
「担保ならある」
俺は懐から、黄金の塊を取り出し、無造作にカウンターへ置いた。
ゴトッ。
「……これだ」
(経過時間:40秒)
薄暗い店内に、太陽が昇ったかのような輝きが広がった。
純金の台座、真紅のルビー、繊細な彫刻。
「なっ……!?」
ゴズの目が釘付けになった。
彼は慌ててカウンターのランプを近づけ、拡大鏡を取り出した。
「こ、これは……! まさか……!」
「『古代王朝の太陽王冠』だ。家の宝物庫からちょいと拝借してきた」
「ば、バカな! そんな国宝級のシロモノ、本物なら城が買えるぞ!」
ゴズの手が震えている。
彼は食い入るように王冠を見つめ、ルビーに光を当て、金の表面をなぞる。
商人特有の鑑定スキルを使っているのだろう。
俺の心臓はバクバクとうるさい音を立てていた。
バレるなよ。頼むぞザーマンス。
この輝きは、あと2分ちょっとで砂になるんだ。
「……!」
ゴズが息を呑んだ。
「魔力の奔流……金細工の年代……間違いねぇ……」
彼は顔を上げ、俺を見た。その目には、隠しきれない欲望の色が浮かんでいた。
「……本物だ」
(よっしゃぁぁぁぁぁ!!)
俺は心の中でガッツポーズをした。
だが、表情は崩さない。
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる。……で、貸せるのか貸せないのか、どっちだ?」
俺は急かすようにテーブルを叩いた。
(経過時間:1分00秒)
残り2分。
ここからが本当の勝負だ。
ゴズは間違いなく、この王冠を安く買い叩こうとしてくるはずだ。
「……へっへっへ。確かにいい品ですがねぇ」
案の定、ゴズがいやらしい目つきになった。
「1000枚はちと高い。リスク料込みで、500枚ってとこですかねぇ?」
来た。足元を見てきやがった。
だが、想定内だ。
俺はチラリと入り口を見た。
カランカラン!
タイミングよく、ドアベルが鳴った。
深紅のドレスを着た、高貴な令嬢が扇子片手に立っていた。
「オ……オ、オホホホホ……!」
棒読みの高笑いと共に、最強のサクラ・ルナお嬢様の入場だ。
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