第二章 異世界でコンゲーム
悪魔の囁きとターゲット
ナグモ領の廃墟。
プロレス興行の熱狂から数日が過ぎ、俺たちはいつもの日常に戻っていた。
「はぁ……。世の中、金だよな」
俺は修理したばかりの窓枠(隙間風は入る)に肘をつき、ため息をついた。
興行は大成功だった。間違いなく金貨100枚以上の利益が出たはずだ。
だが、俺の懐は寒い。
原因は、部屋の奥で優雅に紅茶を飲んでいる女子高生だ。
「ん? 何か言った、恭介?」
「いや……今日も天気がいいなって言っただけだ」
俺は力なく答えた。
トイチの利息。
この言葉の重みを、異世界に来て骨の髄まで味わうことになるとは。
地道に野菜を売り、定期的に興行を打てば、いつかは返せるだろう。だが、それには何年かかる?
もっとこう、ドカンと一発で逆転できるようなデカい山はないものか。
「毎度! 儲かりまっか〜?」
そんな俺の心の声が聞こえたのか、陽気な声と共に茶トラの猫耳男が現れた。
ゴルド商会のニャングルだ。
「ボチボチ……と言いたいところですが、見ての通りですよ」
「カカカッ! ユアの姉ちゃんに絞り取られとるみたいやなぁ。ご愁傷さまやで」
ニャングルは人の不幸を楽しそうに笑うと、巨大な算盤をテーブルに置いた。
「せやけど兄ちゃん。そんな湿気た顔してる暇はおまへんで? 今日はな、とびきりの『儲け話』持ってきたったわ」
「儲け話?」
俺の耳がピクリと反応する。
ワイガーも「肉か!?」と反応し、ルナも箒を持ったまま近づいてくる。
「兄ちゃん、『ゴブリン・ローン』って知っとるか?」
「いえ、初耳ですね」
「街の裏通りにある質屋兼、金貸しや。店主のゴズっちゅうゴブリンがやっとるんやが、こいつがまた評判の悪い守銭奴でな」
ニャングルは声を潜め、悪巧みをする子供のような顔になった。
「弱みにつけ込んで二束三文で品物を買い叩くわ、法外な利息で金を貸し付けるわ、まさに『悪徳』を絵に描いたような店や」
「……へぇ。同業者のニャングルさんが言うなら相当ですね」
「わてはあそこまで露骨にはやらへんわ! ……で、本題や。今、その店にとある『権利書』が売られとるんや」
「権利書?」
「ある没落貴族が借金のカタに取られた『鉱山採掘権』の証書や。本来なら金貨2000枚は下らん代物なんやが、ゴズのアホは『ただの山林』や思うて、早めに現金化したくてウズウズしとる」
ニャングルがニヤリと笑う。
「売り値は金貨1000枚。……どうや? これを買うて、わてに転売せえへんか?」
「1000枚……」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
1000枚で買って、本来の価値(2000枚)に近い額でニャングルに売れば、差額だけで数百枚の利益だ。
だが。
「無理ですよ。元手がない」
今の俺に金貨1000枚なんて大金、用意できるわけがない。
「せやから『工夫』するんや」
ニャングルは眼鏡の位置を直し、俺の顔を覗き込んだ。
「兄ちゃんには、便利な『魔法使い(ツレ)』がおるやろ? あの3分間だけ本物を作り出す詐欺師みたいな男が」
「……ザーマンスのことか!」
「せや。作戦はこうや」
ニャングルはテーブルに指で図を描き始めた。
* ザーマンスに『国宝級の王冠(偽)』を作らせる。
* それをゴブリン・ローンに持ち込み、「急ぎで金が要る! 3分で返すからこれを担保に金貨1000枚貸せ!」と交渉し、強引に現金を借りる。
* その借りた1000枚を使って、同じ店のカウンターで売られている『権利書』を即金で購入する。
* 購入した権利書を、店外で待機しているわてに1500枚で転売する。
* 店に戻り、ゴズに「耳を揃えて返済だ! 王冠を返せ!」と金貨1000枚(+手数料)を叩きつける。
* 王冠を取り戻した瞬間、全力で逃げる。
「……どや?」
「…………」
俺は絶句した。
なんてろくでもない作戦だ。
担保詐欺に、店内での自転車操業。完全に犯罪スレスレ……いや、アウトだ。
だが。
「相手は悪徳業者……ですよね?」
「せや。街の鼻つまみモンから一本取るだけや。誰も悲しまへん。……それに、成功すれば兄ちゃんの手元には、差額の金貨数百枚が残る」
数百枚。
その言葉が、悪魔の囁きのように脳内でリフレインする。
数百枚あれば、ユアへの借金もかなり減らせる。屋根も直せる。ワイガーに肉を食わせてやれる。
「……乗った」
俺は拳を握りしめた。
「やりましょう、ニャングルさん。その悪徳ゴブリンに、泡を吹かせてやりますよ」
「カカカッ! ええ返事や! ほな、早速キャストと衣装の準備やな!」
こうして、ナグモ男爵家による『3分間の完全犯罪(コンゲーム)』の幕が上がった。
ターゲットは強欲なゴブリン。
武器は、嘘とハッタリと、3分間の魔法だけだ。
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