第30話

野菜カレー鍋と高額請求書

 興行の熱気が冷めやらぬ夜。

 ナグモ領の廃墟の館は、スパイシーで食欲をそそる香りに包まれていた。

「さぁ、みんな! 今日は大成功だ! 存分に食ってくれ!」

 俺はホールの中央に設置された大鍋の蓋を開けた。

 グツグツと煮えたぎる黄金色のスープ。

 そこには、俺たちの汗と涙の結晶――つまり、大量の売れ残り野菜が投入されていた。

「特製『野菜どっさりカレー鍋』だ!!」

「うおおおおおっ!! ……って、また野菜かよぉぉぉ!!」

 ワイガーがガックリと膝をつく。

「肉は!? 俺の活躍に対する報酬の肉はねぇのか!?」

「文句言うな! この鍋にはトマト、ナス、カボチャ、その他もろもろが溶け込んでいるんだ! 栄養満点だぞ!」

「俺はタンパク質が欲しいんだよぉぉぉ!」

 ワイガーは泣きながらも、カレーの匂いには抗えず、スプーンで野菜を掬(すく)って口に運ぶ。

「……んぐっ。……ちくしょー! カレー味が染みてて美味ぇじゃねぇか!」

「ふふっ、美味しいですぅ。お野菜の甘味がカレーで引き立ってますね」

 ルナは幸せそうに頬張っている。

 俺も皿に取り分ける。うん、美味い。大量の野菜から出た出汁とスパイスが絶妙にマッチしている。

 在庫処分メニューとしては上出来だ。

「ほな、わてもよばれよか」

 そこへ、巨大な革袋を抱えたニャングルが入ってきた。

「おお、ニャングルさん! お疲れ様でした!」

「兄ちゃんこそ、えらい盛り上がりやったな。……ほれ、これ」

 ニャングルは革袋をドスンとテーブルに置いた。

 重い。金属の密度の高い音がする。

「これが今回の興行の売上や。チケット代、賭けのテラ銭、グッズ販売……諸々の経費とウチの手数料(3割)を引いて、残りがこれや」

 俺は震える手で革袋の紐を解いた。

 中には、眩いばかりの金貨が詰まっていた。

「き、金貨……120枚……!!」

 俺は息を呑んだ。

 日本円にして120万円。

 1日の売上としては破格だ。これぞエンターテインメント・ドリーム!

「す、すごい……! これなら……!」

 俺の頭の中で電卓が弾かれる。

 種代の残り、当面の食費、屋根の修理代……それらを払っても、十分にお釣りが来る!

「やった……やったぞ! ついに黒字経営だ!」

 俺は金貨袋を抱きしめて歓喜した。

 ワイガーとルナも「おめでとうございます!」「肉が買える!」と万歳している。

 ――しかし。

 その歓喜の輪の外で、冷ややかな咳払いが一つ、聞こえた。

「……コホン」

 俺の背筋が凍りついた。

 恐る恐る振り返ると、そこには電卓アプリを起動したスマホ画面をこちらに向ける、ユアの姿があった。

「あ、恭介。お疲れー。楽しかったねー、ラウンドガール」

「あ、ああ……ユアも、お疲れ……」

「で、これ請求書」

 ユアはニッコリと笑い、俺の手から金貨袋をスッと奪い取った。

 あまりに自然な動作で、抵抗する隙もなかった。

「ちょ、ちょっと待て! 今、何した!?」

「回収だよ、回収。……えーと、内訳読み上げるね」

 ユアは事務的に読み上げ始めた。

* ユア出演料(ラウンドガール特別手当):金貨10枚

* 衣装レンタル料:金貨5枚

* レフリー手当:金貨3枚

* おひねり回収代行手数料:金貨2枚

* ガイマックス召喚料(立替分):金貨1枚

* 種代の残金:金貨10枚

「……ここまでは、まぁ分かる。認めるよ」

 計31枚。

 それでも手元には89枚残るはずだ。

「で、最後」

 ユアの目が、爬虫類のように細められた。

* 借金元本に対するトイチの利息(複利計算):金貨89枚

「…………は?」

 俺は耳を疑った。

 89枚? 残金ピッタリ?

「ちょ、ちょっと待てぇぇぇ! 計算がおかしいだろ! なんでそんな額になるんだよ!」

「えー? だって元本に未払い分が乗っかって、さらに遅延損害金と、あと『精神的苦痛(恥ずかしい格好させられた)』の慰謝料も利息に乗せといたから」

「慰謝料を利息に混ぜるな! 詐欺だ! 悪徳金融だ!」

「はい、合計120枚。……あら、ピッタリね♡」

 チャリーン♪

 ユアは金貨袋を自分のアイテムボックス(虚空)に放り込んだ。

 俺の手元には、何も残らなかった。

 

 いや、残ったものがある。

 野菜カレー鍋と、明日からの生活への不安だけだ。

「あ、ちなみに来月のお友達パック(50枚)の支払日まで、あと1週間だから。よろしくねー」

 ユアは上機嫌で鍋の具(カボチャ)を拾って食べている。

「…………」

 俺は天井を見上げた。

 穴の空いた屋根から、星が見える。

 綺麗だなぁ。涙で滲んで、よく見えないけど。

「俺の金貨ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「俺の肉ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 ナグモ領の廃墟に、男二人の絶叫が響き渡った。

 

 こうして、俺たちの「領地経営」の第一歩は、大成功と大赤字という矛盾した結果で幕を閉じた。

 しかし、希望はある。

 プロレスという金脈は見つけた。

 そして何より、この個性豊かな(金のかかる)仲間たちがいる。

 南雲恭介の借金返済ライフは、まだまだ終わらない――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る