第29話

熱狂のメインイベント

 カァァァァン!!

 第1ラウンド終了のゴングが鳴った。

 互角の攻防を見せた両者に、客席からは割れんばかりの拍手が送られる。

「すげぇ! あんな迫力、コロシアムの魔獣戦でも見られねぇぞ!」

「どっちも化け物だ!」

 会場の熱気が冷めやらぬ中、俺は舞台袖からルナの背中を押した。

「よし、ルナ! インターバルだ! 行ってこい!」

「ひぃぃぃ! や、やっぱり無理ですぅ! みんな見てますぅ!」

「見るために金払ってるんだ! ほら、ボードを高く掲げて! 笑顔で!」

 俺に突き飛ばされたルナが、よろめきながらリングに上がる。

 手には『ROUND 2』のボード。

 ビキニ姿のエルフの美少女が、恥じらいながら、涙目でリングをトボトボと歩く。

「う、うぅ……。見てないでくださいぃ……」

 その消え入りそうな声と、内股で歩く姿が、逆に観客の性癖を直撃した。

「うおおおおおお! エルフちゃん頑張れぇぇ!」

「その恥じらいがたまらねぇぇ!」

「俺だ! 俺の家に来てくれぇぇ!」

 ドサササササッ!!

 リング上に銀貨や金貨、高価な宝石までもが投げ込まれる。

 ユアが残像が見えるほどのスピードでそれを回収していく。

「はいはい、チップはあたしのねー。……ちょ、そこの親父! 銅貨投げんな! 銀貨以上にしろ!」

 ルナが一周して戻ってくると、彼女はへなへなと座り込んだ。

「もう……お嫁にいけません……」

「よくやったルナ! 最高の仕事だったぞ!」

 俺は親指を立てた。これで後半戦の集客も安泰だ。

 カァァァァン!!

 第2ラウンド、そしてファイナルラウンドのゴングが鳴る。

「さぁ、決着をつけようか少年!」

 ガイマックスが首をコキコキと鳴らす。胸元のタイマーは残り1分を切っている。

 短期決戦だ。

「ガァァァッ!!」

 ワイガーが咆哮と共に突っ込む。

 だが、今度は正面からではない。

 彼はコーナーポストを蹴って高く跳躍したのだ。

「上からだと!?」

「食らえ! 『虎牙(こが)流星撃』!!」

 ワイガーが重力を乗せた踵(かかと)落としを繰り出す。

 空気を切り裂く必殺の一撃。

 まともに食らえば岩をも砕く威力だ。

 だが、ガイマックスは逃げなかった。

「甘い!!」

 ガシィィィッ!!

 ガイマックスは頭上でクロスした両腕で、ワイガーの蹴りを受け止めたのだ。

「ぐぬゥッ……! 重ぇ……!」

 ガイマックスの足元のリングがミシミシと悲鳴を上げ、沈み込む。

 だが、筋肉の城壁は崩れない。

「だが、受け止めたぞ!!」

 ガイマックスはワイガーの足首を掴んだまま、強引に引きずり下ろした。

「なっ!?」

「ここからは俺のターン(独壇場)だ! マッスゥゥゥル!!」

 ガイマックスがワイガーの体を軽々とリフトアップする。

 そして、空中で体勢を入れ替え、ワイガーの背後に回り込んだ。

 バックドロップの体勢だ。

「しまっ……!」

 ワイガーが逃れようと暴れるが、太い腕が万力のように胴体を締め上げている。

「フィニッシュだ!! 『銀河式(ギャラクティカ)・バックドロップ』!!!」

 ガイマックスが美しいブリッジを描いて反り投げた。

 145キロと110キロ、二つの巨体が宙を舞い、一点に力が収束する。

 ズドォォォォォォォォン!!!!!

 リング中央が爆発したかのような衝撃音。

 ワイガーの後頭部と背中がマットにめり込む。

 観客が一瞬、息を呑んで静まり返り――そして、爆発的な歓声が上がった。

「す、すげぇぇぇぇぇ!!」

「なんて威力だ!!」

 ユアがすかさずマットを叩く。

「ワン!!」

「ツー!!」

「スリー!!」

 カァァァァン!!

 試合終了のゴングが鳴り響いた。

「勝者ァァァ! ガァァァァイ・マァァァァックス!!!」

 ユアがガイマックスの手を挙げる。

 ガイマックスは汗だくの体で、白い歯を見せてガッツポーズを決めた。

 

 倒れていたワイガーも、ふらふらと立ち上がる。

「……くそっ。強ぇな、あんた」

「ガハハ! いい筋肉だったぞ少年! 久しぶりに血が滾(たぎ)った!」

 二人はガッチリと握手を交わし、互いの健闘を称え合った。

 会場からは惜しみない拍手と「いいもん見たぞ!」「またやってくれ!」という声援が降り注ぐ。

 大成功だ。

 俺は震える手で、ニャングルから渡された売上速報(羊皮紙)を見た。

「……勝った。大黒字だ!」

 チケット代、賭けの胴元としての利益、そしてグッズ(ルナが魔法で作った焼きとうもろこし)の売上。

 経費を引いても、金貨100枚近い利益が出ている。

「これで……これでやっと、まともな生活ができる!」

 俺はリング上の二人(と、チップを数えているユア、へたり込んでいるルナ)を見上げ、感無量だった。

 

 ピピピピピ……。

「おっと、時間だ!」

 ガイマックスのタイマーが鳴る。

「最高のショーだったぜ! じゃあな、カップラーメンが……」

 彼はいつものように三輪車を取り出し、颯爽と空へ漕ぎ出して去っていった。

 その背中に、観客たちはさらなる大歓声を送った。

「あいつ、最後まで持っていきやがったな」

 俺は苦笑いしながら、心地よい疲労感に包まれていた。

 この瞬間までは。

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