第26話

起死回生のプロレス興行

 腐った野菜の山を(ルナの魔法で強制的に)土に還し、屋敷の空気がまともになった頃。

 俺はリビングのテーブルに、一枚の企画書を広げていた。

「いいか、みんな。これが俺たちの新たなビジネスモデルだ」

 紙には、拙い絵で四角いリングと、筋肉隆々の男たちが描かれている。

「ぷろれす……? なんですか、これ?」

 ルナが首をかしげる。無理もない。この世界には闘技場(コロシアム)はあるが、それは剣闘士や魔獣が殺し合う血生臭い場所だ。

「これは『戦いの演劇(ショー)』だ。鍛え上げられた肉体同士がぶつかり合い、技を掛け合い、観客を熱狂させる。血は流すが、殺し合いじゃない。そこにドラマがあるんだ」

「……よく分からねぇが、要するに喧嘩を見世物にするってことか?」

 ワイガーが胡散臭そうに言う。彼は元傭兵だ。戦いをショーにすることに抵抗があるのかもしれない。

「そうだ。だが、お前の斧は使わない。素手だ。己の肉体のみで戦うんだ」

「あぁ!? 俺から斧を取り上げるだと!? そんなの爪のない虎と同じだ! 断る!」

「そうか……残念だなぁ。この興行が成功すれば、報酬として『特上カルビの焼肉食べ放題』を用意するつもりだったんだが……」

「やります!! やらせてください!!」

 ワイガーが食い気味にテーブルに身を乗り出した。尻尾がブンブンと振られている。チョロい。

「よし、メインの役者は決まった。次は……対戦相手だ」

 俺はスマホを取り出した。

 ワイガーの相手が務まる筋肉(マッスル)は、この世界広しと言えども一人しかいない。

 俺は迷わず『No.1』をタップした。

 ピロン♪(金貨-1枚)

 ドォォォォォン!!

 今回は室内(廃墟のリビング)だというのに、天井を突き破って筋肉が降ってきた。

「呼んだか少年!! 今日の敵はどいつだ!? 魔王か!? 邪神か!?」

 土煙の中から、オイルでテカテカのガイマックスが現れ、サイドチェストのポーズを決める。

「いえ、今日は戦いじゃないんです。ビジネスの話でして」

「ビジネス? 筋肉がか?」

 俺はガイマックスに「プロレス興行」の趣旨を説明した。

 彼は腕組みをして聞いていたが、話が終わると、ニヤリと白い歯を光らせた。

「ガハハ! 面白い! 俺様の筋肉をショービジネスの世界で見せつけるチャンスというわけか!」

「ええ。あなたのその素晴らしい大胸筋を、異世界の人々にも拝ませてあげたいんです!」

「いいだろう! 乗った! で、俺の対戦相手は……ほう、そこの獣人か」

 ガイマックスの視線がワイガーに向く。

 ワイガーも負けじと牙を剥き、低い唸り声を上げた。

「ヘッ。面白ぇ。宇宙の筋肉だか知らねぇが、地上の虎の怖さを教えてやるよ」

「フン。吠えるのは得意なようだな。リングの上でその威勢が続くか楽しみだ」

 バチバチと火花が散る。

 よし、役者は揃った。あとは――

「……集客だ」

 俺たちには知名度がない。興行を成功させるには、大量の客を呼び込む宣伝力とチケット販売網が必要だ。

「あいつしかいないな」

 俺は一度自分を見捨てた、あの薄情な商人の顔を思い浮かべた。

          ◇

 ベルンの街、ゴルド商会の支店。

 俺はカウンター越しに、招き猫のように座っているニャングルと対峙していた。

「……毎度。なんや兄ちゃん、今日は何の用でっか? まさか、またあの腐りかけのトマト売りつけに来たんやないやろな?」

 ニャングルは眼鏡の奥で目を細め、露骨に嫌そうな顔をしている。

「いえ、今日は別の商談です。野菜よりも、もっと腐らない、とびきりの『ナマモノ』の話ですよ」

「ナマモノ?」

 俺は企画書をカウンターに置いた。

「プロレス興行? ……闘技場みたいなもんでっか? そんなん、今さら流行りまっかいな」

「ただの殺し合いじゃありません。これは『物語』のある戦いです。それに、メインの選手は……」

 俺はガイマックス(召喚済み。店の外で待機させている)を指差した。

 ガラス越しに、無駄にポージングをしている筋肉ダルマが見える。

「……なんやあれ。人間離れした筋肉やな」

「彼と、ウチの虎獣人が素手で殴り合うんです。……どうです? 賭け(ブックメーカー)もやれば、盛り上がると思いませんか?」

 ニャングルの猫耳がピクリと動いた。

 計算高い商人の目が、企画書と俺の顔を交互に見る。

「……ふむ。野菜はアカンかったが、兄ちゃんのその発想力は買うてるで」

 彼は巨大な算盤をジャラッと弾いた。

「よっしゃ。チケット販売と宣伝、ウチが引き受けたろ。その代わり……」

 彼がニヤリと笑い、指を3本立てた。

「売上の3割。手数料として頂きまっせ?」

「3割!? 高すぎでしょ!」

「嫌なら他を当たりなはれ。ウチの顧客リスト使えば、貴族から富豪まで、ええ客が集まるで?」

 足元を見られている。だが、背に腹は代えられない。

「……分かりました。3割で手を打ちましょう」

「毎度あり! 交渉成立や!」

 ニャングルとガッチリ握手(肉球)を交わす。

 これで舞台は整った。

 あとは、最高のショーを見せるだけだ。

 ――だが、俺はこの時、重要な要素を忘れていた。

 むさ苦しい男二人の殴り合いだけでは、客は呼べても「華」がないということを。

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