第25話

野菜地獄と廃棄ロス

 ナグモ領の廃墟に戻った俺たちを待っていたのは、甘美な貴族生活ではなく、緑色の悪夢だった。

「……食え。食うんだ、ワイガー」

 俺は鬼の形相で、大皿に山盛りにされた『トマトとナスの炒め物(具なし)』を差し出した。

 テーブルの上には、他にも『きゅうりの一本漬け』『メロンの冷製スープ』『スイカの皮の煮物』が並んでいる。

 すべて、売れ残った在庫だ。

「うぅ……うぅぅ……」

 ワイガーが涙目でフォークを握っている。

 彼の顔色は土気色を通り越して、心なしか緑色になりかけていた。

「キョウスケ……俺は虎だぞ……? 百獣の王だぞ……? なんで3日連続で草ばっかり食わなきゃならねぇんだ……」

「草じゃない! 高級ブランド野菜だ! 1個につき銀貨1枚の価値があると思えば、ありがたく感じるだろ!」

「金貨の味がしねぇよぉ! 血の滴る肉の味が恋しいよぉ!」

 ワイガーが絶叫し、トマトを口に放り込む。

 ムシャムシャという咀嚼(そしゃく)音が、これほど悲しく響くこともないだろう。

 ルナも限界だった。

 彼女は元々森の民だから野菜は平気なはずだが、量が異常だ。

「恭介さまぁ……。私、もうリコピンは十分ですぅ……。お肌が真っ赤になりそうですぅ……」

「贅沢言うな。ユアを見ろ、黙々と食べてるぞ」

 俺は部屋の隅を指差した。

 ユアは鼻栓をして、窓際で何かを食べている。

「……ん? これ?」

 ユアが見せたのは、取り寄せた『ビーフジャーキー』だった。

「裏切り者ォォォォ!!」

 ワイガーが飛びかかろうとするが、カロリー不足で足がもつれて転んだ。哀れだ。

          ◇

 しかし、俺たちがどれだけ頑張って胃袋に詰め込んでも、在庫の山は減らなかった。

 むしろ、状況は悪化していた。

「……なんか、臭くない?」

 ユアが顔をしかめて言った。

 そうなのだ。屋敷の庭や1階の空き部屋に積み上げた野菜たちが、夏の暑さで腐り始めていたのだ。

 甘ったるい腐敗臭が館に充満し、ブンブンとハエが飛び回っている。

「うわぁ……。これ、完全に産業廃棄物だ……」

 俺は腐ってドロドロになったメロンの山を見て、口元を押さえた。

 もはや食材ではない。ただの生ゴミだ。

「ねぇ恭介。これ放置すると、疫病の原因になるよ? あと、近隣(いないけど)からの苦情レベルだよ」

 ユアがスマホで何かを検索しながら言う。

「『事業系ゴミの処理費用』……うん、結構かかるね。焼却するにも燃料代がいるし、埋めるにも重機(ゴーレム)のレンタル代がかかる」

「…………」

 借金返済のために作った野菜が、処理費用の加算によって、さらなる負債を生もうとしている。

 これを『廃棄ロス』と呼ぶには、あまりにも代償が大きすぎる。

「ダメだ……。農業はダメだ……」

 俺は膝をついた。

 在庫リスク。天候リスク。そして需給バランス。

 素人が手を出していい世界じゃなかった。

 もっと、こう……腐らないモノ。在庫を抱えなくていいモノ。

 身一つで稼げるような……。

 その時。

 俺の視界に、床でピクピクしているワイガーの背中が入った。

 痩せてもなお残る、巨大な骨格。

 そして思い出す。あの森での戦い。

 空から降ってきた筋肉の超人。

「……筋肉(マッスル)?」

 閃いた。

 電流が走った。

 そうだ。在庫がいらない商売があるじゃないか。

 『体験』を売るんだ。

 熱狂を、興奮を、物語を売るんだ。

「これだ……!」

 俺はガバッと立ち上がった。

 腐敗臭漂う部屋の中で、俺の瞳だけがギラギラと輝きを取り戻す。

「おい、みんな! 野菜はもういい! 全部埋めて肥料にしろ!」

「えっ? いいのか!?」

 ワイガーが希望に満ちた顔で顔を上げる。

「ああ。その代わり、次は体を使ってもらうぞ」

「体……? 開墾か?」

「違う」

 俺はニヤリと笑った。

「『興行』だ。俺たちで、この世界にない最高のエンターテインメントを作るんだ!」

「えんたー……ていめんと?」

「そう。『プロレス』だ!」

 俺の宣言に、ワイガーとルナは首をかしげ、ユアだけが「あー、そっちね」とニヤリと笑った。

 腐った野菜の山から、新たな金脈の芽が出ようとしていた。

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