第24話
暴落! 野菜バブルの崩壊
「恭介さま! 見てください! もっともっと増やしますよぉ!」
翌朝、ナグモ領の畑(というか荒れ地全体)は、緑の浸食を受けていた。
ルナが早朝から世界樹の杖を振り回し、魔力を注ぎ込み続けた結果だ。
「すごいぞルナ! その調子だ! ニャングルとの約束は100倍だが、200倍……いや1000倍作れば、それだけ儲かる!」
「はいっ! 私、褒められると伸びるタイプなんですぅ!」
ドッカン! バッコン!
魔法が発動するたびに、地面から巨大なスイカやカボチャが爆発するように生えてくる。
もはや収穫というより、植物による領土制圧だ。
廃墟の館の窓からもトマトのツルが侵入し、庭は足の踏み場もないほどメロンで埋め尽くされている。
「うおおお! 運びきれねぇ! キョウスケ、荷車が足りねぇぞ!」
ワイガーが悲鳴を上げる。彼は昨日から不眠不休で野菜を運び続けていた。
「気にするな! 往復すればいい! さぁ、黄金の山を市場へ運ぶんだ!」
俺の目は金貨のマークになっていた。
これだけの量があれば、市場を独占できる。ベルンの街の食卓をナグモ野菜一色に染め上げてやる!
◇
そして、昼過ぎ。
ベルンの市場広場は、異様な光景に包まれていた。
「……おい、なんだありゃ?」
「山……か?」
俺たちが持ち込んだ野菜の量は、屋台に並ぶレベルを超えていた。
広場の半分を占拠するほどの、巨大な野菜タワー。
トマトの山、キュウリの山、メロンの山。
物理的な圧力すら感じる量だ。
「さぁ、いらっしゃい! 今日は昨日の比じゃないぞ! いくらでもあるから、どんどん買ってくれ!」
俺は野菜の山の上に立ち、高らかに叫んだ。
昨日あれだけ大盛況だったんだ。今日も飛ぶように売れるはずだ。
しかし――。
「……うわぁ、すごい量だな」
「あんなにあると、なんかありがたみがねぇな」
「昨日のトマト、まだ残ってるしなぁ」
客の反応が鈍い。
昨日は「珍しい魔法の野菜」として殺到したが、これだけ大量にあると「どこにでもある雑草」のように見えてくるらしい。
「あれ? おかしいな……。おーい、みんな! 美味しいよ!」
俺が焦り始めた時、人混みをかき分けて、あの男が現れた。
「……どやどや、えらい人だかりやと思ったら」
ニャングルだ。
俺は救世主を見る目で彼に駆け寄った。
「ニャングルさん! 待ってましたよ! ほら見てください、約束通り昨日の100倍……いや、それ以上用意しましたよ!」
俺は自慢げに野菜タワーを指差した。
これ全部を言い値の倍で買い取ってもらえば、俺は今日から大富豪だ。
だが、ニャングルの反応は冷ややかだった。
彼は眼鏡の位置を直し、積み上げられたトマトの山をジト目で見上げた。
「……兄ちゃん。張り切ったんは認めるけどな」
彼はため息をつき、巨大な算盤をジャラッと弾いた。
「こんなに市場に溢れかえってたら、もう『希少価値』があらへんがな」
「え?」
「商売の基本や。モノは足りひんから値がつくんや。こんな石ころみたいにゴロゴロ転がってたら、誰も高い金出して買わへんで?」
「い、いや! でも昨日は独占契約だって……!」
「そら『希少で高品質な野菜』の話や。こんな供給過多で値崩れ確定の在庫、抱え込んだらウチが破産してまうわ」
ニャングルは、俺の肩をポンと叩いた。
「悪いな。今回の話はナシや。……ほな、さいなら〜」
「えっ? ちょ、待っ……!」
ニャングルの逃げ足は速かった。
彼は猫のような身軽さで人混みに消えていった。
「嘘……だろ……?」
取り残された俺。
そして、広場の半分を埋め尽くす野菜の山。
「おい、あそこの店、在庫処分始めたぞ!」
「叩き売りだ!」
ニャングルが手を引いたのを見て、周囲の客が足元を見始めた。
「兄ちゃん! これだけあるなら安くしてくれよ!」
「トマト10個で銅貨1枚なら買うぞ!」
「ど、銅貨1枚!? 昨日の100分の1以下だぞ!?」
だが、流れは止まらない。
腐らせるよりはマシだと、俺たちは投げ売りを始めた。
しかし、それでも量は減らない。
供給が需要を遥かに上回ってしまったのだ。
「もう食えねぇよ……」
「見るだけで腹いっぱいだ……」
夕方になる頃には、客足は完全に途絶えた。
手元に残ったのは、雀の涙ほどの売上(銅貨の山)と、
そして――売れ残った、山のような大量の野菜たち。
「……これ、どうするの?」
ユアが売れ残りのメロンの山を蹴飛ばしながら言った。
「持って帰るにも、荷車のレンタル料がかかるし。ここに捨てていくと、不法投棄で罰金だよ?」
「…………」
俺は膝から崩れ落ちた。
借金を返すために作った野菜が、逆に『廃棄コスト』という新たな負債を生んでいる。
「恭介さまぁ……ごめんなさい……私、頑張りすぎちゃいました……」
ルナが泣きそうな顔で萎れたトマトを持っている。
ワイガーは白目を剥いて倒れている。
「……食うぞ」
「え?」
「これ全部、持って帰って俺たちで食うんだ! 腐らせたらただのゴミだ! 意地でも消費するぞ!」
俺の悲痛な号令が、夕暮れの市場に響いた。
野菜バブルは、わずか1日で弾け飛んだのだった。
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