第23話
関西弁の招き猫、ニャングル
ベルンの街の市場は、朝から活気に満ちていた。
肉屋、魚屋、八百屋が並び、主婦や冒険者たちが夕食の材料を買い求めている。
だが、その一角に異様な人だかりができていた。
「おい、なんだありゃ?」
「宝石か? いや、野菜に見えるが……あんな野菜、見たことねぇぞ」
注目の的は、俺たち『ナグモ男爵家(仮)』の屋台だ。
並べられているのは、ルナの魔法で急成長した地球産ブランド野菜たち。
真っ赤に熟れて張り裂けそうなトマト。
深緑の縞模様が美しいスイカ。
そして、芳醇な香りを撒き散らすマスクメロン。
周囲の店に並んでいる萎びた野菜とは、次元が違っていた。
「さぁ、いらっしゃい! ナグモ領の特産品、とれたての『魔法野菜』だよ!」
俺は声を張り上げた。
最初は遠巻きに見ていた客たちも、その香りに釣られて徐々に近づいてくる。
「兄ちゃん、これ本当に食い物かい? トマトにしては赤すぎる気がするが……」
「食べてみれば分かりますよ。ほら、試食をどうぞ」
俺はカットしたトマトを差し出した。
おばちゃんが恐る恐る口にする。
「……ッ!!」
おばちゃんの目がカッと見開かれた。
「あ、甘ぁぁぁい!! なんだいこれ!? 果物みたいだよ!」
「こっちのメロンもすごいぞ! 口の中で溶けた!」
一度火がつくと、そこからは早かった。
俺たちの屋台は、瞬く間に押し合いへし合いの大盛況となった。
「これおくれ!」
「こっちもだ!」
「言い値で買うぞ!」
飛ぶように売れる。銀貨がジャラジャラと箱に溜まっていく。
俺は笑いが止まらなかった。
「ははっ! まいどあり! ……見たかユア、これが『需要』ってやつだ!」
「はいはい。ま、予想外に健闘してるんじゃない?」
ユアも珍しく感心したように(それでも上から目線で)売り上げを計算している。
そんな狂騒の中。
人混みをかき分けて、一人の男……いや、獣人が現れた。
「ちょい待ち! 道あけなはれ! そこのええ匂いさせてる店はどこでっか!?」
茶色の猫耳をピョコピョコ動かし、丸眼鏡の奥の目をギラつかせた小柄な男。
腰には剣の代わりに、巨大な算盤(そろばん)をぶら下げている。
「……ん?」
男は俺たちの屋台の前で足を止めると、くんくんと鼻を鳴らした。
「ほぉ〜……こらまた、えげつない甘い匂いや。それに……」
彼はトマトを一つ手に取ると、眼鏡の位置を直しながら舐め回すように観察した。
「皮の張り、色艶、それに微かに感じる魔力……。こらただの野菜やありまへんな。極上の『嗜好品』や」
男がニヤリと笑い、俺を見た。
「毎度! わては『ゴルド商会』ベルン支店長のニャングルいいます。……兄ちゃん、これ全部でいくらや?」
「……全部?」
「せや。ここにある在庫、全部ウチが買い取らせてもらいますわ」
周囲がどよめいた。
ゴルド商会といえば、大陸でも指折りの大企業だ。
「全部となると……かなりの金額になりますよ?」
「かまへん、かまへん! 金なら腐るほどありまっせ!」
ニャングルは懐から革袋を取り出し、ジャララッと振ってみせた。
金貨の重い音がする。
「このトマトなら1個銀貨2枚。メロンなら金貨2枚。……どや? 市場価格の倍は出しまっせ」
「金貨2枚!?」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
倍だ。こちらの想定価格の倍で買い取ると言っている。
こいつ、カモか? それとも目利きの天才か?
「……交渉成立ですね」
俺は手を差し出した。
ニャングルは「おおきに!」と満面の笑みで俺の手を握り返し、ブンブンと振った。肉球が柔らかい。
「さすが兄ちゃん、話が早くて助かるわぁ! いやー、こんな上玉、王都の貴族連中に流せば10倍……いや20倍の値がつきますわ! ボロ儲けや!」
「……ん?」
今、こいつ20倍って言ったか?
俺は少し損をした気分になったが、まぁいい。在庫を一掃できるのはありがたい。
「ほな、代金ですわ。パチパチパチっとな!」
ニャングルは腰の算盤を弾き、電卓も顔負けの速度で計算を終えると、金貨の山を積み上げた。
「金貨50枚。釣りはいりまへんで!」
「す、すげぇ……!」
ワイガーが金貨の山を見て涎を垂らす。
ルナも「わぁぁ……キラキラしてますぅ」と目を輝かせている。
「やった……。これなら種代と、ユアへの今月分の一部が返せる!」
俺は金貨袋をしっかりと握りしめた。
これで借金生活ともおさらばだ。
「兄ちゃん、これ定期的に仕入れられまっか? もし安定供給できるなら、ウチと独占契約結ばへんか?」
ニャングルが揉み手をしながら擦り寄ってくる。
「ええ、もちろん。ウチには優秀な『栽培係(ルナ)』がいますからね。いくらでも作れますよ」
「そら頼もしい! ほな、明日また来ますわ! 今日ある分の10倍……いや、100倍用意しといてくれまっか!?」
「100倍!? ……ふふっ、望むところですよ」
俺は不敵に笑った。
100倍売れば、金貨5000枚。
億万長者だ。男爵領の復興どころか、城が建つぞ!
「ルナ! 聞いたか? 明日は大忙しだぞ!」
「はいっ! 私、頑張ります! もっともっと魔法で増やしますね!」
ルナもやる気満々だ。
俺たちの前には、バラ色の未来(と金貨の山)が広がっているように見えた。
……そう。
この時の俺は、商売の基本中の基本を忘れていたのだ。
『希少価値』という言葉を。
そして、『作りすぎた商品』がどうなるかという末路を。
「……あーあ。相場崩れそう」
ユアだけが、ポツリと不吉な予言を呟いていた。
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