第21話

借金農法と魔法の種

 ナグモ領での生活が始まって数日。

 俺たちを待っていたのは、貴族らしい優雅な生活ではなく、終わりの見えないサバイバルだった。

「……腹減った」

 朝の光が差し込む廃墟のホールで、ワイガーがゾンビのように呻(うめ)いている。

 彼の自慢の大胸筋は見る影もなく萎み、虎耳はペタンと垂れ下がっている。

「すまねぇワイガー。朝飯は昨日の残りのスープ(具なし)だ」

「また湯かよ……。俺は肉食獣だぞ……草食動物ですらもっとマシなもん食ってるぞ……」

「我慢してくれ。屋根の修理費で手持ちが尽きたんだ」

 俺はため息をつきながら、窓の外に広がる領地を見渡した。

 あるのは、どこまでも広がる荒れ地と雑草だけ。

 金はない。食料もない。あるのは莫大な借金と、広いだけの土地。

 ……土地?

 俺の脳内で、経済学部の回路がスパークした。

「そうだ……土地だ! 俺たちには腐るほど土地があるじゃないか!」

「あ? 土食えってのか?」

「違う! 農業だ!」

 俺はバッと振り返り、力説した。

「いいか、この世界にはない『地球の野菜』をここで育てて売るんだ! 糖度の高いトマト、甘いメロン、瑞々しいキュウリ! これをブランド化して売り出せば、富裕層相手にバカ売れするはずだ!」

「おお! よく分からねぇが、それが食えるのか!?」

「ああ! 売れ残りは全部俺たちの胃袋だ!」

「やる! 俺はやるぞキョウスケ!」

 ワイガーが復活した。現金な奴だ。

 だが、問題が一つある。

「……種がない」

 農業をするには元手(種や苗)が必要だ。しかし、今の俺の財布は空っぽどころかマイナスだ。

 俺は視線を、部屋の日当たりの良い場所で優雅に紅茶を飲んでいる女子高生に向けた。

「……ユア様」

「んー?」

 ユアはスマホから目を離さずに返事をした。

「お願いがあります。……種を、売ってください」

「いいよー」

 彼女はあっさりと答えた。

「品種改良された最高級のF1種(一代交配種)。病気に強くて味も抜群。トマト、ナス、キュウリ、メロン、スイカ……なんでも揃ってるよ」

「す、すげぇ! さすがユア様!」

「で、お代なんだけど」

 ユアがニッコリと笑った。

「種代、肥料代、農具代、そして地球からの転送料込みで……金貨10枚ね」

「じゅ、10枚!?」

 高い。高すぎる。普通の種なら銅貨数枚で買えるはずだ。

「嫌ならいいけど? この世界のショボい野菜の種、どっかで拾ってくる?」

「くっ……!」

 品質は保証されている。ブランド野菜を作るなら、初期投資はケチれない。

 俺は歯を食いしばって頷いた。

「買います……! ツケでお願いします!」

「はい、毎度ありー。借金残高に追加しとくねー。あ、もちろんこれもトイチの対象だから」

 ピロン♪

 スマホから軽快な決済音が鳴り、俺の借金がまた増えた。

 胃が痛い。だが、賽(さい)は投げられた。

          ◇

 数分後。

 俺たちは屋敷の裏手にある荒れ地に立っていた。

 ユアから購入したクワやスキを手に、開墾のスタートだ。

「うおおおおおっ! 肉ぅぅぅぅ!!」

 ワイガーの動きは凄まじかった。

 空腹の怒りをぶつけるように、岩混じりの荒れ地をものすごいスピードで耕していく。

「すげぇ……人間なら3日はかかる作業を30分で……」

 あっという間に、見事な畝(うね)が出来上がった。

 俺はそこに、ユアから買った『魔法の種(地球産)』を丁寧に撒いていく。

「よし、これで準備完了だ」

 俺は汗を拭った。

 だが、通常ならここから収穫まで数ヶ月はかかる。

 そんな悠長に待っていたら、俺たちは餓死するか、利息で破産してしまう。

 そこで、彼女の出番だ。

「ルナ!」

「は、はいっ!」

 呼ばれたルナが、緊張した面持ちで前に出た。

 手には、エルフの至宝『世界樹の杖』が握られている。

「君の魔法で、この畑の時間を進めるんだ。……できるか?」

「や、やってみます! 植物の成長促進は、エルフの得意分野ですから!」

 ルナが杖を構える。

 失敗すれば、また何か爆発するかもしれない。

 だが、今は彼女を信じるしかない。

「お願いします……! 大地の精霊よ、種たちに命の息吹を!」

 ルナの杖の先端にある宝石が、緑色に強く輝き始めた。

 

 借金まみれの畑に、奇跡(あるいは惨劇)が起ころうとしていた。

第21話でした。

新たな借金を背負い、背水の陣で農業を開始しました。

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