第20話
廃墟の館とトイチの悪魔
掃除を終えたホールの床に、ユアの能力で取り寄せたカセットコンロと鍋が並ぶ。
今日のメニューは、引っ越し祝いを兼ねた『特製ビーフカレー(具だくさん)』だ。
「いいか、今日はパンの耳じゃないぞ。肉だ。それも、霜降りの牛肉だ!」
俺が鍋の蓋を開けると、スパイシーな香りと共に、濃厚な湯気が立ち上った。
ゴロリとした肉の塊が、黄金色のルーの中で輝いている。
「うおおおおおおっ!! 肉ぅぅぅぅ!!」
ワイガーが感極まって涙を流している。
ルナもスプーンを握りしめ、喉を鳴らしている。
「さぁ、食おう! ナグモ男爵家の門出に乾杯だ!」
「「「いただきまぁぁぁす!!」」」
廃墟の広間に、スプーンと皿がぶつかる音が響く。
「んん゛ん゛ん゛! これだ! この味だァ!」
ワイガーが肉を噛み締め、天井(穴が開いている)に向かって吠える。
久々のまともな食事、それも極上のスパイス料理が、疲れた体に染み渡っていく。
「美味しい……。辛いけど、お野菜が甘くて、お肉がとろけて……幸せですぅ……」
ルナが頬を緩ませ、幸せそうに咀嚼(そしゃく)している。
俺も一口食べる。
……美味い。
パンの耳と水スープの日々を乗り越えたからこそ、このコクと旨味が五臓六腑に染みる。
◇
食後。
満腹になった俺たちは、取り寄せたコーヒー(ユアはデザートのプリン)を囲んで反省会を開いた。
「さて……。とりあえず住む場所は確保した。爵位も手に入れた」
俺はコーヒーを啜りながら、現状を整理する。
「この屋敷はボロボロだが、土地はある。開墾して人を集めれば、税収も見込めるはずだ。……時間はかかるが、地道にやっていけば借金も返せるだろう」
そう。ナグモ領はまだ始まったばかり。
俺の経済知識と、ワイガーの武力、ルナの魔法(土木作業用)、そしてユアの情報網があれば、なんとかなるはずだ。
「へっ、俺はキョウスケについて行くぜ。腹一杯食わせてくれるならな」
「私もです! 立派な魔導師になって、お屋敷をピカピカにしてみせます!」
頼もしい仲間たちだ。
俺は少しだけ明るい未来を感じていた。
――そう、あの一言を聞くまでは。
「ねぇ、恭介」
プリンを食べ終えたユアが、スプーンを置いて口を開いた。
その声は、甘いデザートの後とは思えないほど冷ややかだった。
「ん? なんだユア。おかわりか?」
「違うよ。……お金の話」
ユアはスマホの画面を俺に向けた。
そこには、俺の借金残高が表示されている。
「あのさ。ドラゴンのクエスト失敗した時、あたしが違約金の金貨100枚、立て替えたよね?」
「あ、ああ。あの時は助かったよ。本当に感謝してる」
「うんうん。でね、あの融資なんだけど」
ユアはニコリと笑った。天使のように可愛らしく、そして悪魔のように残酷な笑みで。
「あれ、高リスク貸付だからさ。……金利、『トイチ』で計算してるからよろしくね♡」
「…………はい?」
俺の手からコーヒーカップが滑り落ちた。
ガシャン。
「と、といち……?」
「うん。10日で1割(10%)の複利だよ」
俺の脳内で、経済学部の知識が警報を鳴らす。
トイチ。
それは闇金ウ◯ジマくんの世界だ。
100枚の1割は10枚。10日で10枚増える。
しかも複利だ。雪だるま式に増えていく、地獄の計算式だ。
「ちょ、ちょっと待て! そんなの返せるわけないだろ! 暴利だ! 違法だ!」
「ここは異世界だよ? 日本の利息制限法なんて適用外でーす」
「ぐっ……!」
「あ、ちなみに今日でちょうど10日目だから、利息10枚追加ね。……現在の負債総額、えーと……」
ユアは楽しそうに電卓を叩く。
「金貨170枚とちょっと。……頑張って稼いでね、男爵さま?」
ドォォォォォン……。
俺の頭上に、屋敷の天井ではなく、人生の終わりが見えた気がした。
領地経営? スローライフ?
そんな甘い夢は消え去った。
これから始まるのは、死に物狂いの自転車操業だ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ナグモ領の夜空に、新米領主の断末魔が響き渡る。
廃墟の館と、頼れる(食費のかかる)仲間たち。
そして増え続ける借金。
南雲恭介の異世界『男爵』生活は、こうして前途多難……いや、絶望的な赤字と共に幕を開けたのだった。
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