第18話

男爵叙任とナグモ領

 ハミルトン男爵邸の応接室。

 そこには、涙、涙の感動的な光景が広がっていた。

「お父様! お母様!」

「おお、クリス! 無事でよかった……本当によかった!」

 救出された息子・クリスが両親の胸に飛び込む。

 男爵夫妻はボロボロと涙を流し、息子を抱きしめていた。

 俺たちはその様子を、ふかふかのソファに座って眺めていた(ワイガーだけは出されたクッキーを爆食いしていた)。

「……いい話だなぁ」

 俺は紅茶を啜(すす)りながら呟く。

 人助けをした充実感。これぞ冒険者の醍醐味だ。

 だが、感動だけで腹は膨れないし、借金も減らない。そろそろ本題(報酬)の話をしなければならない。

 落ち着きを取り戻したハミルトン男爵が、俺たちに向き直り、深々と頭を下げた。

「南雲殿、そして皆様。この度は本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げればよいか……」

「いえ、当然のことをしたまでです。……ところで男爵、早速ですが報酬の件について……」

 俺が切り出すと、男爵の顔が曇った。

 彼は申し訳なさそうに肩を落とす。

「……うむ。恥を忍んで申し上げますが、我が家には……貴殿らに支払えるほどの金貨がございません」

「え?」

「今回の身代金騒動で、なけなしの資産も差し押さえられてしまい……正直、今の私は一文無しなのです」

「そ、そんな……」

 俺の目の前が真っ暗になった。

 命がけで強盗団と渡り合い、なけなしの金貨1枚(ザーマンス召喚代)まで投資したのに、回収ゼロ!?

 これはまずい。ユアの利息が火を噴く。

「ですが!」

 絶望する俺を見て、男爵が声を張り上げた。

「命の恩人に対して、このまま報いないわけにはいきません。……そこで、南雲殿。あなたに『提案』がございます」

「提案……?」

「我が家の『爵位』と『領地』を、貴殿に譲りたいのです」

「……はい?」

 俺は耳を疑った。

 爵位。領地。

 つまり、貴族になれってことか?

「私はもう疲れました。今回の件で、自分の無力さを痛感しました。……ですが、南雲殿。あなたは知恵と勇気、そして何より『人を動かす力』を持っておられる」

 男爵は熱い眼差しで俺を見る。

「国への手続きは私が責任を持って行います。我が家の領地である『ナグモ地方(※偶然名前が一緒だった)』と、男爵の位を……どうか受け取っていただけないでしょうか?」

 俺はゴクリと喉を鳴らした。

 貴族。

 領主。

 それはつまり、一国一城の主ということだ。

(待てよ……? 領地を持てば、そこから『税収』が入ってくる。農作物、特産品、交易……やりようによっては、金貨1000枚どころじゃない利益を生む『打ち出の小槌』になるんじゃないか!?)

 経済学部生の脳細胞がフル回転する。

 これは、ただの報酬以上のビッグチャンスだ。

 どん底の借金生活から、一発逆転の領主ライフへ!

「……受けます!」

 俺は立ち上がり、男爵の手をガッチリと握った。

「そのお話、謹んでお受けいたします! この南雲恭介、第二のハミルトン男爵として、領地を立派に発展させてみせます!」

「おお! 受けてくださいますか! ありがとうございます!」

 男爵は感激して涙を流している。

 ワイガーとルナも「すげぇ! キョウスケが貴族か!」「恭介さま、男爵さまですね!」と大はしゃぎだ。

 部屋の隅で、ユアだけがスマホを見ながら首を傾げていた。

「ナグモ地方……? 検索結果……あー、なるほどね。……ま、いっか。ネタになるし」

 不吉な独り言は、歓喜の声にかき消された。

          ◇

 数日後。

 王都での手続き(思いのほかスムーズだった。というか、役人が「あの土地を引き受けてくれるのか!」と妙に喜んでいた)を終え、俺は正式に『南雲男爵』となった。

 そして今。

 俺たちは借りた馬車に揺られ、新しい俺の城――『ナグモ領』へと向かっていた。

「へっへっへ……。まずは領館で豪華なディナーだな。そして明日は領内を視察して、税率の見直しだ」

 俺は妄想に浸る。

 窓の外には、のどかな田園風景……ではなく、なんだか草木が生い茂る荒れ地が広がっているが、まあ未開拓地が多いだけだろう。

「キョウスケ様! 着いたぞ! あれが俺たちの城か!?」

 御者台のワイガーが叫んだ。

 俺は期待に胸を膨らませ、馬車から飛び降りた。

「さぁ、我が領土よ! 我が城よ! ……ん?」

 目の前にあったのは。

 壁は崩れ、屋根は抜け、窓ガラスは一枚も残っていない、見事なまでの『廃墟(お化け屋敷)』だった。

 庭はジャングル。門は錆びついて倒れている。

「…………」

 風が吹き抜け、ギィィィ……と不気味な音を立てて扉が開いた。

 カラスが「アホゥ」と鳴いて飛び立つ。

「……廃墟じゃねぇかよぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 俺の絶叫が、荒れ果てたナグモ領に虚しく響き渡った。

 これが、俺の『城』?

 資産価値ゼロどころか、解体費用がかかるレベルの負債物件じゃないか!

 俺の華麗なる領主生活は、マイナスからのスタート――いや、どん底からの再スタートだった。

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