第17話
3分間の砂時計
「す、すげぇ……! 全部本物だ……!」
強盗の一人が、山と積まれた金貨の一枚を拾い上げ、ガリッと歯で噛んだ。
金属特有の硬さと、少しの柔らかさ。
紛れもない、純金の感触だ。
「ヒャハハ! 大金持ちだ! これで一生遊んで暮らせるぜ!」
男たちは歓喜の声を上げ、金貨の山に群がった。
ザーマンスが作り出した幻影物質は、視覚だけでなく触覚や質量までも完全に再現されている。
ただし――制限時間内であれば、だが。
(残り、2分30秒……!)
俺は心の中でカウントダウンを刻みながら、冷や汗が頬を伝うのを感じた。
平静を装え。焦ったら負けだ。
「おい、満足したなら子供を返してもらおうか。商談成立だろ?」
俺はリーダー格の男に声をかけた。
男は金貨の山から目を離さず、ニタリと笑った。
「慌てるなよ。……おいお前ら、袋に詰めろ! 一枚残らずだ!」
「へい!」
手下たちが麻袋を広げ、金貨をジャラジャラと放り込み始める。
(まずい……!)
俺は奥歯を噛み締めた。
袋に詰める時間なんて待っていたら、タイムオーバーになる。
砂に戻った瞬間、俺たちはハチの巣だ。
「おい、待てよ。こっちだって急いでるんだ」
俺は一歩前に出た。
「こんな大金を持って長居したくない。誰に見られるか分からないからな。さっさと子供を渡せ。そうすれば、俺たちはすぐに消える。お前らも、誰にも邪魔されずに金を運べるだろ?」
「……チッ。うるせぇ交渉人だな」
リーダーは舌打ちをし、足元に転がされていた少年(ハミルトン男爵の息子)の首根っこを掴んで立たせた。
「ほらよ。連れて行け」
ドンッ、と少年が突き飛ばされる。
少年はふらつきながら俺の方へ駆け寄ってきた。
「ひっ、うぅ……っ!」
「大丈夫だ。もう安心だよ」
俺は少年を受け止め、すぐに後ろのルナへ引き渡した。
ルナが震える手で少年を抱きしめる。
(残り、1分45秒……!)
人質確保。第一段階クリア。
次は、ここから安全圏まで離脱することだ。
「……よし。取引完了だな」
俺はジリジリと後退りながら言った。
「ワイガー、ルナ。ゆっくり下がれ。……背中は見せるなよ」
「お、おう……」
「は、はい……」
俺たちが教会の出口へ向かおうとした、その時だった。
「待て」
リーダーの男が、低い声で呼び止めた。
心臓が跳ねる。
男は金貨を詰め込んだ袋を手に、怪訝(けげん)そうな顔をしている。
「……なんか、軽くねぇか?」
(ッ!?)
俺の背筋が凍った。
ザーマンスの魔法は『物質化』だが、時間が経つにつれて徐々に精度が落ちていくのか?
いや、ただの気のせいか?
「気のせいだろ。1000枚もありゃ、感覚も麻痺するさ」
俺は軽口を叩いて誤魔化そうとした。
だが、リーダーは鋭い目つきで俺を睨み、そして隣に立っているザーマンスを見た。
「そういや、そこの奇術師……さっきから一歩も動かねぇな」
ザーマンスは、杖をついたポーズのまま、優雅に微笑んでいる。
いや、固まっている。
「お前、本当にただの『金庫番』か?」
男が剣に手をかける。
疑われた。
野生の勘というやつか。
(残り、45秒……!)
まずい。ここで戦闘になったら、子供を守りながら戦うのは不可能だ。
何より、あと数十秒で金貨が砂になる。
「ノン、ノン、ノン」
その時、ザーマンスが口を開いた。
「私はただのエンターテイナーですよ。……そう、最高のショーをお届けするね」
彼はステッキをくるりと回し、懐中時計を取り出した。
「お客様。楽しい時間は、あっという間に過ぎるものです」
「あぁ? 何言ってんだ?」
「3……2……1……」
ザーマンスがカウントダウンを始めた。
強盗たちが「なんだ?」と顔を見合わせる。
(あ、こいつ……自分で締めやがった!)
俺は叫んだ。
「走れぇぇぇぇぇ!!」
「0!!」
ザーマンスが指を鳴らす。
パチンッ!
その音と共に、魔法が解けた。
サラサラサラサラ…………。
強盗たちが手に持っていた金貨。
袋に詰め込まれた黄金の山。
そのすべてが、一瞬にして色のない『砂』へと変わり、指の隙間から零れ落ちていく。
「は……?」
強盗の一人が、砂まみれになった自分の手を見て呆然とする。
袋を持っていたリーダーは、軽くなった袋(中身は砂)を足元に落とした。
「……す、砂……?」
一瞬の静寂。
そして、理解。
「だ、騙したなァァァァァァァ!!!!」
リーダーの絶叫が廃教会に響き渡った。
だが、もう遅い。
「ザーマンス! 撤収だ!」
「ウィ! これにて閉幕!」
ザーマンスは再びピンク色の煙を巻き上げると、ドロンと姿を消した。
残されたのは俺たちと、激昂する強盗団のみ。
「殺せぇぇぇ!! あいつら生かして帰すなァァァ!!」
10人の男たちが、武器を構えて襲いかかってくる。
だが、俺はニヤリと笑って教会の入り口を指差した。
「残念だったな。俺の『魔法』は、時間稼ぎだけじゃないんだよ」
ドォォォォォンッ!!
教会の扉が蹴破られた。
なだれ込んできたのは、銀色の鎧に身を包んだ一団。
「王都憲兵隊だ!! 動くな!!」
俺が取引前に、ユアを使って匿名通報しておいた『正義の味方』の到着だ。
「なっ……憲兵だと!?」
「くそっ、ハメられた!!」
混乱する強盗団と、制圧にかかる憲兵隊。
その乱戦の脇を、俺たちは子供を抱えて全速力で駆け抜けた。
「よっしゃあ! 作戦成功だ!」
「恭介さま、足が震えてますよ!」
「うるさい! これは武者震いだ!」
こうして俺たちは、一銭も払うことなく(金貨1枚のコストはかかったが)、見事に人質を奪還したのだった。
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