第11話

皮算用とドラゴン・ドリーム

 宿屋のボロ部屋。

 薄暗いランプの光の下、俺はスマホの電卓アプリを叩きながら、ニタリと笑みを浮かべていた。

「……勝てる。これなら勝てるぞ」

「あ? 何がだ? また変な料理でも思いついたのか?」

 ベッドで腹筋をしていたワイガーが、怪訝(けげん)そうな顔を向ける。

 ルナは部屋の隅で、杖の手入れ(という名の泥落とし)をしている。

 ユアは……まぁ、いつものように高い菓子を食いながらチャートを見ている。

 俺は立ち上がり、ホワイトボード(取り寄せ品)に大きく数字を書いた。

「いいか、みんな。現在の俺たちの借金……もとい、負債総額は約金貨60枚だ」

 ユアへの「お友達パック」50枚に加え、前回の諸経費10枚。

 ゴブリンやオークをちまちま狩っていては、利息だけで首が回らなくなる。

「そこでだ。俺はギルドで、ある『クエスト』を見つけてきた」

 俺は一枚の依頼書をバシッと貼り付けた。

【緊急依頼:赤竜(レッドドラゴン)の討伐】

【場所:北の岩山】

【報酬:金貨1000枚】

「せ、せせせ、せんまいぃぃぃ!?」

 ルナが目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。

 ワイガーも動きを止める。

「おいおいキョウスケ、正気か? レッドドラゴンっつったら、Aランク……いや、Sランクに近い化け物だぞ? 俺たちじゃブレスで消し炭だ」

「普通ならな。だが、俺たちには『彼』がいる」

 俺は電話帳の『No.1』を指差した。

「超人ガイマックス。彼を呼ぶコストは金貨1枚だ」

 俺は熱弁を振るう。

 経済学部で培ったプレゼン能力のすべてを、この無謀な計画を通すために注ぎ込む。

「いいか? コスト1枚で、リターンは1000枚。利益率は驚異の99,900%だ! こんなボロい商売、どこ探したってないぞ!」

「す、数字のマジックだ……!」

 ルナが口をあんぐりと開ける。

「それにだ、ワイガー。ドラゴンの肉は『究極の食材』と言われているらしいぞ? ステーキにすれば、全身の筋肉が唸るほどの美味さと聞く」

「なっ……! き、究極の……肉……!?」

 ワイガーの喉がゴクリと鳴った。単純な男だ。

「そしてルナ。ドラゴンの鱗(うろこ)は最高の魔法触媒になる。これがあれば、君の魔法制御も安定するかもしれない」

「ほ、本当ですか!? 私、もう誤爆したくないです!」

 ルナの瞳が輝く。チョロい。

「つまり、このクエストは俺たちの『夢(ドリーム)』なんだよ! やるしかないだろ!」

「うおおおおお! 肉ぅぅぅ! やるぞキョウスケ! 俺の斧でドラゴンの首をへし折ってやる!」

「私もやります! 鱗をゲットして、立派な魔導師になります!」

 部屋のボルテージは最高潮に達した。

 完璧だ。人心掌握完了。

 これぞリーダーシップ。

「……ふーん」

 部屋の隅から、冷ややかな声が降ってきた。

 ユアだ。

「いいの? そんな美味しい話、裏があると思うけど」

「裏なんてないさ。これは純粋な『力技』による解決だ。ガイマックスの強さは見たろ?」

「ま、そうだけどねー。……あたしは知らないよ? 失敗しても、借金はチャラにならないからね」

「失敗なんてありえない! 見てろよユア、金貨1000枚の山を積んで、お前を見返してやる!」

          ◇

 翌日。

 俺たちは意気揚々と冒険者ギルドへ向かった。

 受付のお姉さんに依頼書を叩きつける。

「このレッドドラゴン討伐、俺たちが受ける!」

「はぁ!? な、何をおっしゃるんですか! あなたたちはまだ登録したばかりの……それにランクだって……」

「実力は証明済みだ。オークジェネラルを倒したのは誰だと思ってる?」

「そ、それはそうですが……ドラゴンは格が違います! 死にに行くだけですよ!」

 必死に止める受付嬢。

 だが、今の俺は無敵モードだ。

「心配無用。俺には『秘策』がある。……あ、ついでに装備を整えたいから、手付金(前金)も貰えるかな?」

「も、もう知りませんからね! 万が一失敗したら、違約金も含めて全額返済ですからっ!」

 半ば強引にクエストを受注し、手付金の金貨10枚を受け取った。

 これで準備は万端だ。

 俺たちは装備を整え(と言っても、食料とポーションを買い込んだだけだが)、街を出て北の岩山へと向かった。

「へっへっへ……待ってろよドラゴン! 俺の胃袋に収めてやる!」

「鱗さん〜、鱗さん〜♪」

 ワイガーとルナは遠足気分だ。

 俺も、頭の中ではすでに『南雲恭介、異世界で大富豪に』という見出しが踊っていた。

「金貨1000枚あれば、借金を返してもお釣りが来る。残りでこの街に店を出して、悠々自適なオーナーライフ……」

 完璧な未来設計図だ。

 青い空。白い雲。

 まさか、その空が数時間後に絶望の色に染まるとは、この時の俺は微塵も思っていなかったのだ。

「あーあ。フラグ建築乙」

 最後尾を歩くユアだけが、憐(あわ)れむような目で俺の背中を見ていたことにも気づかずに。

第11話でした。

欲に目がくらんだ恭介が、順調に「破滅への道」を歩み始めました。

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