第10話
鍋と借金とヤケ食い
オークジェネラル討伐の報告を済ませ、俺たちはベルンの街の宿屋に戻っていた。
ギルドからの報酬は金貨5枚(5万円)。
さらに、ジェネラルの大剣や素材を売却して金貨3枚。
合計8枚(8万円)。
新人パーティにしては破格の大金だ。
「今日は祝勝会だ! 豪勢に行くぞ!」
ワイガーの提案で、今夜は宿の部屋で俺が料理を振る舞うことになった。
メニューは、日本の冬の定番『寄せ鍋』だ。
ユアに取り寄せさせた土鍋に、昆布とカツオで丁寧にとった出汁(だし)を張る。
具材は、市場で仕入れた新鮮な野菜、キノコ、そしてワイガーが「肉が足りねぇ!」と言って追加で買ってきたコカトリスの肉団子。
グツグツと煮立つ音と共に、湯気が部屋に充満する。
「おぉ……カレーとはまた違う、優しい香りだなぁ」
「はい……なんだか、心が落ち着く香りです」
ワイガーとルナが鍋を覗き込む。
俺はポン酢とゴマダレを用意し、小皿に取り分けた。
「よし、煮えたぞ。熱いから気をつけて食えよ」
「おう! いただくぜ!」
ワイガーが肉団子を放り込む。
「熱っ! ハフッ、ハフッ! ……んん〜! 噛むほどに肉汁が溢れてきやがる! この酸っぱいタレ(ポン酢)も最高だ!」
「私はお野菜を……あちちっ。……んふぅ〜。お出汁が染みてて、とっても美味しいですぅ……」
二人の幸せそうな顔を見て、俺もホッと一息つく。
やはり、飯はみんなで食うのが一番だ。
俺も取り皿に箸を伸ばし、白菜を口へ運ぶ。出汁の旨味が体に染み渡る。生きててよかった。
「あ、恭介。シメの雑炊の前に、ちょっといい?」
こたつ(※取り寄せ品)に入りながらミカンを食べていたユアが、スマホ片手に声をかけてきた。
「ん? なんだ?」
「今回の冒険の精算書、作っといたから」
ユアはにこやかに、スマホの画面を俺に見せてきた。
そこには、残酷な数字が並んでいた。
* 収入の部
* クエスト報酬&素材売却:金貨8枚(+80,000円)
* 支出の部
* 超人ガイマックス召喚料:金貨1枚(-10,000円)
* 食材・土鍋・カセットコンロ等の取り寄せ(緊急転送手数料込):金貨4枚(-40,000円)
* ルナの治療費(ポーション代):金貨1枚(-10,000円)
* ユアのお菓子代&デイトレ損失補填(必要経費):金貨3枚(-30,000円)
* 合計収支:-金貨1枚(-10,000円)
「…………は?」
俺は箸を止めた。
思考が停止する。
8万稼いだはずなのに。なぜかマイナス1万になっている。
「ちょ、ちょっと待て! 一番下! 『ユアのデイトレ損失』ってなんだよ! なんで俺が払うんだよ!」
「えー? だって恭介のクエストに付き合ってて売り時逃したんだもん。業務上の損失でしょ?」
「ふざけんな! あとお菓子食いすぎだろ!」
「育ち盛りだからねー。あ、ちなみに今月の『お友達定額パック(月額50枚)』の引き落としまで、あと10日だけど……大丈夫そ?」
あと10日で、50万。
現在の手持ち、マイナス1万。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は頭を抱えて絶叫した。
無理だ。どうあがいても無理ゲーだ。このままじゃ強制労働コースか、ユアに何をされるか分からない。
「おいキョウスケ! 肉がなくなったぞ! おかわり!」
ワイガーが空の皿を差し出す。
「恭介さまぁ、このおじや? 雑炊? っていうの、すっごく美味しいです〜! ほっぺた落ちそうです〜」
ルナが幸せそうに雑炊を啜(すす)っている。
こいつら……! 俺の金で食う飯は美味いか!? 美味いよな!?
「くそっ……くそぉぉぉ!!」
俺は涙目で、自分の分の雑炊をかきこんだ。
「……美味い! 出汁が出てて美味いよちくしょー!!」
卵の優しさと出汁の旨味が、荒んだ心に染み渡る。
俺の異世界生活は、前途多難なんてレベルじゃない。
借金と、食欲と、理不尽な仲間たちに囲まれた、波乱万丈の日々が幕を開けたのだった。
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