第4話
慶應ボーイのレーザービーム
ベルンの街から徒歩30分。
俺たちは再び、鬱蒼とした『魔の森』の浅いエリアに足を踏み入れていた。
「いいか、キョウスケ! 俺が前で暴れる! お前らは後ろで見てろ!」
ワイガーが大戦斧『岩砕(がんさい)』を軽々と担ぎながら吠える。
その背中は頼もしいの一言だが、動機が「終わった後のカレー」であることだけが不安要素だ。
「頼むぞワイガー。俺は戦闘に関しては素人だからな」
「おうよ! ……っと、早速お出ましだぜ」
ワイガーの虎耳がピクリと動く。
茂みの奥から、汚らしい緑色の肌をした小鬼――ゴブリンの集団が姿を現した。数は10匹ほど。
「ギギャ! ギギャギャ!」
錆びた剣や棍棒を振り回し、下卑た声を上げながら襲いかかってくる。
俺は思わず身構えたが、隣のユアは「あ、ここ電波悪い」とスマホを振っていた。緊張感を持て。
「『闘気咆哮(ウォー・クライ)』!!」
ドォォォォォン!!
ワイガーが大きく息を吸い込み、腹の底から咆哮を上げた。
空気が震え、ゴブリンたちが「ギッ!?」と硬直する。
「粉砕!!」
その隙を、虎は見逃さない。
巨大な斧が横薙ぎに閃く。
ゴブリンの前衛3匹が、悲鳴を上げる間もなく上半身と下半身にお別れした。
「す、すげぇ……」
これがレベルの差か。いや、種族の差か。
ワイガーは返り血を浴びながら、楽しそうに笑っている。
残りのゴブリンたちが怯んで後退りするが、ワイガーは腰の鎖(チェーン)を左手で射出した。
「逃がすかよぉ!」
ジャララッ!
鎖がゴブリンの足を絡め取る。そのまま強引に引き寄せ、すれ違いざまに斧の一撃。
まさに一方的な蹂躙(じゅうりん)。筋肉の暴力だ。
「よし、あらかた片付いたな……ん?」
ワイガーが斧を振って血を払った、その時だ。
乱戦の混乱に乗じて、群れの後方にいた2匹のゴブリンが背を向けた。
「ギッ、ギギャー!」
逃げる気だ。しかも、逃げる方向は森の奥。
「しまっ……! おいキョウスケ、あいつら仲間を呼びに行く気だぞ!」
「なんだって!?」
「俺の足なら追いつけるが、ここを離れるとお前らが危ねぇ!」
ワイガーが悔しげに舌打ちする。
確かに、ここには戦闘力皆無の俺と、スマホ中毒の女子高生しかいない。ワイガーが離れれば無防備だ。
かといって、援軍を呼ばれれば面倒なことになる。
――俺が、やるしかないか。
俺は足元に転がっていた、手頃な大きさの石を拾い上げた。
重さは硬式ボールより少し重いくらい。形はいびつだが、握れないことはない。
「キョウスケ? 何やってんだ、石なんか拾って……」
俺はワイガーの言葉を無視し、ゴブリンとの距離を測る。
約50メートル。
木々が障害物になっているが、射線は通っている。
俺は中高6年間、野球部に所属していた。
ポジションはセンター。
打球の落下点に入り、捕球し、そこからバックホームへの返球。
俺の武器は、遠投100メートルを低弾道で投げる『レーザービーム』だ。
スッ、と息を吸う。
この世界に来てから、妙に感覚が鋭敏になっている気がする。
これも『転移特典』か、それとも火事場の馬鹿力か。
ゴブリンの頭が、ボールのようにくっきりと見えた。
「――刺せ(アウト)!」
セットポジションから、全身のバネを使って右腕を振り抜く。
指先から放たれた石は、重力を無視したような一直線の軌道を描いた。
ヒュンッ!!
空気を切り裂く音。
次の瞬間、逃げていたゴブリンの後頭部が、熟れた果実のように弾け飛んだ。
「ギッ!?」
隣を走っていたもう1匹が、仲間の死に驚いて足を止める。
その隙は致命的だ。
俺はすでに2投目のモーションに入っていた。
「2アウト!」
ズドンッ!!
2投目は眉間に直撃。ゴブリンは声も上げずに後ろへ吹き飛び、ピクリとも動かなくなった。
「ゲームセット、だな」
俺は肩を回し、残心をとく。
振り返ると、ワイガーが口をあんぐりと開けていた。
ユアも、ポテチを持つ手が止まっている。
「……おい、キョウスケ。お前、魔法使いだったのか?」
「いや? ただの物理だよ。日本じゃ『外野手』って言うんだけどな」
「ガイ・ヤシュ……? 聞いたことねぇジョブだが、すげぇ肩してやがる。あの距離で頭をブチ抜くとはな」
ワイガーがニカっと笑い、バシバシと俺の背中を叩いた。痛い。骨が折れる。
「気に入ったぜ! てっきり守られるだけのヒョロガリかと思ってたが、お前も立派な戦士だ!」
「戦士じゃないって。……まぁ、役に立てたならよかったよ」
俺は苦笑いしながら、少しだけ誇らしい気分だった。
因数分解も英単語も役に立たないこの世界で、野球部で培った筋肉と感覚だけが、俺を助けてくれたのだ。
「ふーん。やるじゃん恭介。ノーコンかと思ってた」
ユアが何事もなかったかのようにポテチを齧る。
「うるさいな。これでもレギュラーだったんだよ」
「はいはい。で、ゴブリンの耳、剥ぎ取らなくていいの? それ換金素材でしょ」
「うっ……それをやるのか……」
俺は現実に戻り、顔を引きつらせた。
そうだ。借金を返すためには、あいつらの耳を切り取ってギルドに持っていかなきゃならないのだ。
「へっへっへ! そういう汚れ仕事は俺に任せな! その代わり、晩飯の肉は多めだぞ!」
ワイガーが腰からナイフを取り出し、鼻歌交じりでゴブリンに向かっていく。
本当に、頼りになる相棒だ。
こうして、初の討伐クエストは順調に終わる――はずだった。
森の奥から、あの悲鳴が聞こえるまでは。
「きゃああああああ!! 来ないでぇぇぇぇ!!」
乙女の悲鳴と、何かが爆発する音。
俺とワイガーは顔を見合わせた。
「……なんだ?」
「厄介ごとの匂いがするねー」
ユアの不吉な予言と共に、俺たちは声のする方へと走り出した。
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