第2話

女子高生の情報暴力と、門番の秘密

「ねぇ恭介ー。歩くのダルいんだけどー」

「文句言うな。誰のせいで借金背負ったと思ってるんだ」

 鬱蒼とした森を抜け、俺たちは街道を歩いていた。

 隣を歩くのは、月額50万の女、ユアだ。

 彼女は制服のスカートを翻(ひるがえ)し、スマホ画面をスワイプしながらポテチ(のり塩味に変わっていた)を器用に食べている。

「ていうかさ、恭介。あたし、戦闘タイプじゃないから。あくまで後方支援(バックアップ)担当だから」

「分かってるよ。お前に期待してるのは情報だ。……で、これから向かう街はどういう場所なんだ?」

「えーとねー……」

 ユアは面倒くさそうにスマホをタップした。

「ルミナス帝国の辺境都市『ベルン』。人口約2万人。特産品は小麦と魔獣の素材。治安はそこそこ。……あ、ドル円が145円割った。ウケる」

「ウケるな。俺の資産価値が変動するだろ」

 俺はため息をつき、ポケットの中でコーヒーキャンディの缶を弄(もてあそ)んだ。

 とりあえず、当面の目標は『金』だ。

 この世界で生きていくため、そして目の前の守銭奴に支払いをするため、稼がなければならない。

 しばらく歩くと、石造りの高い城壁が見えてきた。

 都市ベルンの入り口だ。大きな門の前には、商人や旅人の列ができている。

「結構並んでるな……」

「検問あるしねー」

 検問。その言葉に、俺は足を止めた。

 

「……おい、待て。俺、身分証なんて持ってないぞ」

 あるのは慶應の学生証と、運転免許証だけだ。どちらもこの世界ではただのプラスチック片に過ぎない。

「あー、そっか。不法入国だね。捕まったら鉱山で強制労働かな」

「他人事みたいに言うな! お前の『情報』でなんとかならないのかよ!」

「んー、やってみる」

 ユアは軽い調子で言い、俺たちは列の最後尾に並んだ。

 やがて、俺たちの番が回ってくる。

 門番は、身長2メートルはあろうかという強面の男だった。

 顔には古傷、腰には太い剣。歴戦の戦士といった風貌だ。

「おい、次のヤツ。身分証を出せ」

 ドスの効いた声。

 俺は冷や汗をかきながら、精一杯の愛想笑いを浮かべた。

「あー、いや、その……旅の途中で盗賊に襲われてしまいまして……身分証を含め、荷物をすべて……」

「あぁ? 盗賊だぁ?」

 門番は俺と、隣でスマホをいじっているユアを胡散臭そうに睨(にら)みつけた。

「そんな珍妙な格好をした連中が、盗賊に襲われて無事なわけがあるか。怪しいな……密偵か? おい、こいつらを詰め所に連行しろ!」

 周囲の兵士たちが槍を構える。

 詰んだ。

 異世界に来て1時間で逮捕、強制労働コースだ。

「……はぁ。恭介ってば、口下手なんだから」

 その時、ユアがため息混じりに前に出た。

「おいコラ小娘。詰め所でお菓子を食わせてやるから大人しく――」

「ねぇ、おじさん」

 ユアは門番の言葉を遮り、スマホの画面を見せつけるように突き出した。

「名前、ガラルド・アイアンサイド。42歳。奥さんと娘さんの3人暮らし。趣味は隠れて安い酒を飲むこと」

「なっ……!? き、貴様、なぜ俺の名を……」

「昨日の夜も、奥さんに内緒で随分飲んだみたいだねー? 安酒を、たーっぷりと」

 ユアの口元が、三日月のように歪む。

 それは、可愛らしくも邪悪な、小悪魔の笑みだった。

「で、泥酔して帰って、そのままベッドで寝ちゃって……夢を見たよね? とーっても気持ちよく、滝に打たれる夢を」

「ま、待て。やめろ」

 門番の顔から血の気が引いていく。

 だが、ユアは止まらない。

「朝起きたら、布団が冷たくて重かったんだよねぇ? 奥さんに『あなた! 40過ぎて何やってんのよ!』って怒鳴られながら、泣く泣くシーツを手洗いしたっていう――」

「あああああああああ!!!」

 門番は絶叫し、槍を放り出して耳を塞いだ。

 周囲の兵士や旅人たちが、「えっ、あの鬼のガラルドさんが……?」「おねしょ……?」とざわつき始める。

「やめろぉぉぉ! 言うな! それ以上は俺の家庭の平和と威厳に関わる!!」

「通してくれれば、ここだけの話にしてあげる。……どうする?」

「と、通れぇぇぇぇぇ!! 今すぐ行けぇぇぇぇ!!」

 門番は顔を真っ赤にして、門の向こうを指差した。

          ◇

「……えげつないな、お前」

 無事に門を通過したあと、俺は思わず呟(つぶや)いた。

 門番のおっさん、最後は涙目になってたぞ。

「失礼ね。あたしはただの事実を陳列しただけよ」

 ユアは「んまー」と言いながら、新しいお菓子(チョコあ〜んぱん)の箱を開けている。

「これが『情報』の力よ、恭介。弱みのない人間なんていないんだから」

「お前のその性格の悪さが、一番の弱みだと思うけどな……」

「なんか言った?」

「いや、なんでもない」

 俺は首を振り、街並みを見渡した。

 中世ヨーロッパ風の石畳の街。活気あふれる露店。行き交う人々の中には、獣の耳を持つ者や、長い杖を持った魔法使いらしき姿も見える。

 ようやく、異世界に来た実感が湧いてきた。

「さて、と。街には入れたけど、無一文なのは変わらないんだよな」

 俺は空っぽの財布(日本円入り)を取り出す。

 まずは当面の宿代と飯代、そしてユアへの支払い(月50枚)を稼がなきゃならない。

「とりあえず、定番のアレに行くしかないか」

「アレって?」

「冒険者ギルドだよ。手っ取り早く稼ぐなら、それしかないだろ」

 俺は覚悟を決め、街の中心にある大きな建物――剣と盾の看板が掲げられた場所へと歩き出した。

 そこで、運命的な(そして暑苦しい)出会いが待っているとも知らずに。

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